プロローグ
昼下がりの事務所。こむぎちゃんが、ぷんすかした顔で帰ってきた。
このあいだの土曜日、駅前の新しいカフェに行ったんですけど。
ひどい目にあいました。
何があったんや。
そしたら、ケーキが来たのが閉店の5分前で。
閉店時間ぴったりに「お時間でございます」って。
わたし、ケーキを3口でかき込みました。
いちごが喉に詰まるかと思いました。
それはせわしないなあ。
昨日、別のカフェに行ったんです。
そこでも、うっかり長居しちゃって、閉店時間になっちゃって。
「またかき込むのか……」って覚悟したら、店員さんが「お会計だけお済ませいただければ、片付けをしておりますので、30分ほどはどうぞごゆっくり」って。
えらい優しい店やな。
同じ「閉店だから出てね」でも、いきなり追い出されるのと、ちょっと待ってもらえるのとでは、大違いです。
今度からあっちのカフェに通います。
出ていく側からしたら、心の準備の時間があるんは、ありがたいことやな。
そのとき、事務所のドアが遠慮がちにノックされた。入ってきたのは雪宮さん。手に封筒を握りしめて、顔色がすぐれない。
あの……今日は、わたし自身のことで、ご相談に伺いました。
わたし、今住んでいる家を、出ていかないといけないかもしれないんです。
と、とにかく座ってください。お茶いれますね。
今日の事件:令和3年12月 問10
雪宮さんはお茶をひと口飲むと、封筒から書類を取り出し、ぽつぽつと話し始めた。
家賃も一度も滞納したことはありませんし、契約期間もまだ1年残っています。
「競売でこの建物を買い受けました。建物を引き渡してください」って書いてあるんです。
軒高さんに、何かあったんやな。
調べてみたら、軒高さんは、わたしが入居するより前に、この建物を担保にひなた銀行からお金を借りていたそうなんです。
抵当権の登記も、わたしの入居より前にされていました。
その返済が滞って、抵当権が実行されて、競売で棟上さんが買い受けた、と。
ひとつ、借金をしたのは大家さんなのに、借りているだけのわたしが出ていかないといけないんでしょうか。
ふたつ、契約期間はあと1年残っています。
せめて期間満了までは住めないんでしょうか。
みっつ、もし「今すぐ出ていけ」と言われたら、引っ越し先を探す時間もありません。
よっつ、こういうとき、賃借人が守られる方法は、何かないんでしょうか。
「出ていくのはいいとして、いきなりなのか、待ってもらえるのか」って。
それ、さっきのわたしのカフェの話と、似てません?
閉店ぴったりに追い出されるのか、30分待ってもらえるのか、みたいな。
構造は同じや。
「出ていかなあかん人に、どれだけの猶予が与えられるか」——これが今日の中心のひとつや。
ちょうど勉強用の過去問に、雪宮さんの状況とそっくりの問題があるんや。
これを軸に、ひとつずつ解きほぐしていこか。
Aは、Bからの借入金の担保として、A所有の甲建物に第一順位の抵当権(以下この問において「本件抵当権」という。)を設定し、その登記を行った。AC間にCを賃借人とする甲建物の一時使用目的ではない賃貸借契約がある場合に関する次の記述のうち、民法及び借地借家法の規定並びに判例によれば、正しいものはどれか。
- 本件抵当権設定登記後にAC間の賃貸借契約が締結され、AのBに対する借入金の返済が債務不履行となった場合、Bは抵当権に基づき、AがCに対して有している賃料債権を差し押さえることができる。
- Cが本件抵当権設定登記より前に賃貸借契約に基づき甲建物の引渡しを受けていたとしても、AC間の賃貸借契約の期間を定めていない場合には、Cの賃借権は甲建物の競売による買受人に対抗することができない。
- 本件抵当権設定登記後にAC間で賃貸借契約を締結し、その後抵当権に基づく競売手続による買受けがなされた場合、買受けから賃貸借契約の期間満了までの期間が1年であったときは、Cは甲建物の競売における買受人に対し、期間満了までは甲建物を引き渡す必要はない。
- Cが本件抵当権設定登記より前に賃貸借契約に基づき甲建物の引渡しを受けていたとしても、Cは、甲建物の競売による買受人に対し、買受人の買受けの時から1年を経過した時点で甲建物を買受人に引き渡さなければならない。
登場人物がそのまま当てはまるやろ。 ほな、順番にいくで。
推理①:抵当権と賃借権、どちらが勝つ?──優劣は対抗要件の先後で決まる
勝ち負けを決めるのは「札を先に立てたのはどっちか」
ひとつの建物の上で、抵当権と賃借権がぶつかったとき、どっちが勝つか。
これを決めるのが「対抗要件」の先後や。
土地や建物の上には、いろんな権利が重なって乗ることがある。
そのとき、誰が誰に勝つかは、先に札を立てたほうが勝ち、というのが基本ルールなんや。
これを試験用語で「対抗要件を先に備えたほうが優先する」と言う。
ほんなら、建物の賃借権の札は何やと思う?
でもわたし、登記なんてした覚えがありません。
賃借権の登記には大家さんの協力が要るから、現実にはほとんど使われとらん。
そこで、借りる人を守るために、借地借家法が特別な札を用意しとる。
借地借家法31条(建物賃貸借の対抗力) 建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。
つまり、鍵をもらって住み始めた時点で、雪宮さんは札を立てとったわけや。
……でも、ひなた銀行の抵当権の登記のほうが、わたしの入居より先でした。
雪宮さんの札は本物やけど、立てたのが抵当権の登記より後やった。
札の先後で言えば、ひなた銀行の勝ち、雪宮さんの負け。
これが今日の出発点になる。
ただし、先か後かで、その後の扱いがガラッと変わるんや。
両方のパターンを順番に見ていこか。
該当する例: 賃借権の登記をした賃借人、または建物の引渡しを受けて住んでいる雪宮さん → どちらも対抗要件を備えており、抵当権の登記との先後で優劣を比べる土俵に立てる
該当しない例: 契約はしたが、まだ引渡しを受けておらず、賃借権の登記もない人 → 札(対抗要件)がないので、そもそも優劣を争えない
推理②:もし入居が抵当権より先だったら──対抗できる賃借人
先に札を立てた賃借人は、買受人にも勝てる
もし雪宮さんの入居が、ひなた銀行の抵当権設定登記より先やったら、どうなっとったか。
過去問の設問2が、まさにそのケースを聞いとる。
- Cが本件抵当権設定登記より前に賃貸借契約に基づき甲建物の引渡しを受けていたとしても、AC間の賃貸借契約の期間を定めていない場合には、Cの賃借権は甲建物の競売による買受人に対抗することができない。
やから、賃借権の勝ち、抵当権の負けや。
そして、競売で建物を買い受けた人は、抵当権者の立場を引き継ぐ。
負けとる抵当権を引き継ぐんやから、買受人も賃借人には勝てへん。
それどころか、買受人が新しい大家さんとして、賃貸借契約をそのまま引き継ぐ。
雪宮さんは何も変わらず住み続けて、家賃の振込先が変わるだけや。
「期間の定めがない」は関係ない
「期間を定めていない場合には対抗できない」と書いとる。
さも、期間の定めがあるかないかで結論が変わるような顔をしとるけど、これはまったくの無関係や。
期間の定めがあろうがなかろうが、引渡しを受けとれば対抗できる。
よって設問2は誤りや。
設問4も同じ土俵のひっかけ
- Cが本件抵当権設定登記より前に賃貸借契約に基づき甲建物の引渡しを受けていたとしても、Cは、甲建物の競売による買受人に対し、買受人の買受けの時から1年を経過した時点で甲建物を買受人に引き渡さなければならない。
対抗できる以上、そもそも建物を引き渡す義務がない。
「1年経ったら引き渡せ」もへったくれもないんや。
よって設問4も誤り。
「1年」っちゅう数字に意味ありげな顔をさせとるだけの、根本から間違うとる設問や。
カフェで言えば、閉店前にちゃんと注文してたお客さんは、堂々と食べていられる、みたいな感じですね!
ほんなら次は、いよいよ雪宮さんの実際のケース。
札を立てたのが後やった場合や。
該当する例: 抵当権設定登記より前に建物の引渡しを受けていた賃借人 → 期間の定めの有無にかかわらず、競売の買受人に対抗でき、賃貸借はそのまま継続する
該当しない例: 「期間の定めがない賃貸借だから対抗できない」「買受けから1年で引き渡す義務がある」という理解 → どちらも誤り。先に対抗要件を備えた賃借人に引渡義務はない
推理③:入居が抵当権より後なら──明渡猶予制度という6か月の救済
原則は「出ていかなあかん」
札の先後で負けとる以上、雪宮さんの賃借権は、ひなた銀行にも、その立場を引き継いだ買受人の棟上さんにも、対抗できひん。
原則としては、棟上さんから求められたら、建物を引き渡さなあかん。
借金をしたのは軒高さんなのに。
せやけど、棟上さんの側から見たらどうや。
競売で「抵当権に負ける賃借権つき」として評価された建物を、正当な手続で買うた人や。
棟上さんも悪うない。
そこで民法は、両方の間を取る形で、負けた賃借人にも一定の救いを用意した。
それが「明渡猶予制度」や。
買受けの時から6か月の猶予──民法395条
民法395条1項(抵当建物使用者の引渡しの猶予) 抵当権者に対抗することができない賃貸借により抵当権の目的である建物の使用又は収益をする者であって次に掲げるもの(次項において「抵当建物使用者」という。)は、その建物の競売における買受人の買受けの時から六箇月を経過するまでは、その建物を買受人に引き渡すことを要しない。 一 競売手続の開始前から使用又は収益をする者
まず、対象は「抵当権者に対抗することができない賃貸借」で建物を使うとる人。
まさに雪宮さんや。
そして「競売手続の開始前から」使うとること。
雪宮さんは3年前から住んどるから、これも当てはまる。
つまり雪宮さんは、棟上さんの買受けから6か月間は、出ていく義務がない。
いきなり放り出されることはないんや。
それだけあれば、次の家を探して、引っ越しの準備もできます。
少しほっとしました。
閉店時間は来ちゃったけど、「30分どうぞごゆっくり」のほう!
雪宮さんは、優しいほうのカフェにいるんですね。
出ていくこと自体は決まっとる。
せやけど、荷物をまとめる時間はもらえる、というわけや。
「期間満了まで」ではない──設問3のひっかけ
これが雪宮さんのケースそのものや。
- 本件抵当権設定登記後にAC間で賃貸借契約を締結し、その後抵当権に基づく競売手続による買受けがなされた場合、買受けから賃貸借契約の期間満了までの期間が1年であったときは、Cは甲建物の競売における買受人に対し、期間満了までは甲建物を引き渡す必要はない。
雪宮さんの「あと1年住めへんのか」という気持ちに、ぴったり寄り添うような顔をした設問や。
せやけど、猶予は買受けの時から6か月。
契約の残り期間が1年あろうが10年あろうが、6か月は6か月や。
よって設問3は誤り。
対抗できない賃借権だから、契約の中身ではなく、法律が決めた6か月だけが頼り、ということですか。
猶予期間は、賃貸借契約が続いとるんやのうて、法律が特別にくれたおまけの時間。
そう考えると、次の話もすっと入る。
タダでは住めない──使用の対価と、猶予の喪失
民法395条2項 前項の規定は、買受人の買受けの時より後に同項の建物の使用をしたことの対価について、買受人が抵当建物使用者に対し相当の期間を定めてその一箇月分以上の支払の催告をし、その相当の期間内に履行がない場合には、適用しない。
賃貸借契約はもう買受人に対抗できひんのやから、「家賃」やのうて「建物を使うたことの対価」——中身は家賃相当額やな——を、棟上さんに払う必要がある。
棟上さんが相当の期間を定めて「1か月分以上払うてください」と催告して、それでも期間内に払わへんかったら、猶予は失われる。
6か月待ってもらえるはずが、即座に引き渡しや。
お支払いはきちんとします。
家賃を一度も滞納したことがないのが、わたしのささやかな誇りですから。
もうひとつの注意──猶予があるのは「建物」だけ
395条をよう見てみ。「抵当権の目的である建物」と書いてあるやろ。
明渡猶予制度は、建物にしかない。
土地を借りとった人には、6か月の猶予はないんや。
過去問でも、土地のケースにすり替えて「6か月猶予される」と書くひっかけが出とるから、頭の隅に置いとき。
該当する例: 抵当権設定登記後に入居し、競売手続の開始前から建物に住んでいる雪宮さん → 買受けの時から6か月、引渡しを猶予される(使用の対価は支払う)
該当しない例: 土地の賃借人/競売手続の開始後に使い始めた者/催告を受けても使用の対価を払わない者 → いずれも6か月の猶予を受けられない(または失う)
推理④:6か月では足りない人のために──抵当権者の同意の登記
「住み続けられる」道はないのか
6か月の猶予があるのは、本当にありがたいです。
でも、世の中には、6か月では困る借り方もありますよね。
お店を借りて商売をしている人とか……。
最初から「競売されても住み続けられる」方法は、ないんでしょうか。
それが、雪宮さんの4つ目の心配「賃借人が守られる方法はないか」への、もうひとつの答えになる。
「抵当権者の同意の登記」っちゅう制度や。
民法387条1項(抵当権者の同意の登記がある場合の賃貸借の対抗力) 登記をした賃貸借は、その登記前に登記をした抵当権を有するすべての者が同意をし、かつ、その同意の登記があるときは、その同意をした抵当権者に対抗することができる。
3点セットで、後から来た賃借権でも勝てる
3点セットで覚えるんや。
ひとつ、その賃借権が登記されとること。
ふたつ、その賃借権に優先するすべての抵当権者が同意したこと。
みっつ、その同意の登記があること。
つまり、競売されても出ていかんでええ。
賃貸借は買受人にそのまま引き継がれて、6か月どころか、契約のとおり住み続けられるんや。
……でも、わたしの賃借権は登記されていませんから、使えなかった、ということですね。
引渡しっちゅう札は、対抗要件としては立派に通用するけど、387条の入口にはならへん。
賃借権の「登記」が大前提や。
そのうえで、抵当権者全員の同意と、同意の登記。
銀行にとっては自分の担保価値を下げる話やから、そう簡単には同意せえへん。
現実には、オフィスビルや事業用の物件で、銀行と話がついた場合に使われる制度やな。
じゃあ、同意さえもらえれば、登記はなくてもいいんじゃないですか?
銀行さんが「いいよ」って言ってるんだから。
口約束の同意だけでは、後からその建物に関わる人にはわからへんやろ。
賃借権の登記と、同意の登記。
登記まで全部そろえて、はじめて効果が出る。
3点セットのうち、どれかひとつでも欠けたらアウトや。
試験でも、1個だけ抜いた選択肢を作ってくるから気をつけるんやで。
該当する例: 登記された賃借権について、優先するすべての抵当権者が同意し、同意の登記もされている → 抵当権設定登記後の賃借権でも対抗でき、競売されても賃貸借を継続できる
該当しない例: 建物の引渡しは受けているが賃借権の登記がない/一部の抵当権者しか同意していない/同意はあるが同意の登記がない → いずれも387条では対抗できない
推理⑤:大家さんの賃料はどこへ行く──賃料債権への物上代位
設問1は、見覚えのある話
これは前にじっくりやった話やから、おさらいだけしとこか。
- 本件抵当権設定登記後にAC間の賃貸借契約が締結され、AのBに対する借入金の返済が債務不履行となった場合、Bは抵当権に基づき、AがCに対して有している賃料債権を差し押さえることができる。
民法371条 抵当権は、その担保する債権について不履行があったときは、その後に生じた抵当不動産の果実に及ぶ。
普段、抵当権の効力は果実には及ばへん。
建物をどう使うて、賃料をどう使うかは、持ち主の自由やからな。
せやけど、借金の返済が債務不履行になったら話は別。
その後に生じた果実、つまり賃料にも、抵当権の効力が及ぶ。
ひなた銀行は、軒高さんが雪宮さんに対して持っとる賃料債権を差し押さえて、「家賃は軒高さんやのうて、うちに払うてください」と言える。
よって設問1は正しい。これが正解や。
そういえば競売の前、ひなた銀行から「賃料の支払先について」という書類が届いて、何のことかわからず怖かったんです。
あれは、これだったんですね。
借りとる側からすると、ある日突然「家賃は銀行へ」と言われてびっくりするけど、ちゃんと法律の裏付けがある手続なんや。
物上代位の細かい話——差押えの意味やら、転貸賃料やら——は、また別の機会にゆっくりやればええ。
今日は「債務不履行の後なら、賃料を差し押さえられる」、これだけ持って帰り。
該当する例: 軒高さんの返済が債務不履行となった後、ひなた銀行が雪宮さんへの賃料債権を差し押さえる → 物上代位として認められる(371条・372条)
該当しない例: 債務不履行が起きていないのに、当然に賃料へ抵当権の効力が及ぶとする理解 → 誤り。効力が及ぶのは「不履行があったときの、その後に生じた果実」
推理⑥:令和3年12月問10をあてはめる
設問1──債務不履行後の賃料差押え
債務不履行の後は、抵当権の効力が果実(賃料)に及び、物上代位で賃料債権を差し押さえられる(371条・372条)。
設問1は正しい。
設問2──期間の定めがないと対抗できない?
抵当権設定登記より前に引渡しを受けとれば、賃借権は買受人に対抗できる(借地借家法31条)。
期間の定めの有無は関係ない。 設問2は誤り。
設問3──期間満了まで引き渡さなくてよい?
対抗できない賃借人への猶予は、買受けの時から6か月(395条1項)。
契約期間の残りが1年あっても、期間満了までは住めへん。 設問3は誤り。
設問4──対抗できるのに1年で引き渡す?
事件の結論
残念やけど、答えは出ていかなあかん。
雪宮さんの入居(引渡し)は、ひなた銀行の抵当権設定登記より後やった。
対抗要件の先後で負けとる以上、賃借権は買受人の棟上さんに対抗できひん。
答えは住めへん。 対抗できない以上、契約の残り期間は通用せえへん。
頼れるのは、法律が決めた猶予だけや。
ここに救いがある。
雪宮さんは競売手続の開始前から住んどるから、棟上さんの買受けの時から6か月間は、引渡しを猶予される(395条1項)。
ただし、その間の使用の対価はきちんと棟上さんに払うこと。
催告されても払わへんかったら、猶予を失うで(395条2項)。
今回は間に合わへんかったけど、制度としては2つ覚えとき。
入居が先なら、引渡しだけで買受人に対抗できる(借地借家法31条)。
入居が後でも、賃借権の登記+全抵当権者の同意+同意の登記の3点セットがそろえば対抗できる(387条)。
これは法律の外の話やけど、棟上さんと話し合うて、新しく賃貸借契約を結び直すという道もある。
棟上さんかて、家賃をきちんと払うてくれる入居者がおるんは、悪い話やないはずや。
6か月の猶予は、引っ越し準備の時間でもあり、交渉の時間でもあるんやで。
まずは棟上さんに、お支払いのことと、契約を結び直せないかのご相談を、きちんとお手紙で伝えてみます。
……ここに来る前は、明日にも追い出されるんじゃないかと思っていたので。
本当に、ありがとうございました。
雪宮さんは、来たときよりずっと軽くなった足取りで、深々と頭を下げて帰っていった。
あ、棟上さんがいい大家さんになってくれるのが、いちばんハッピーエンドですね。
試験のひっかけメモ
- 抵当権と賃借権の優劣は、対抗要件の先後で決まる:建物賃借権は登記がなくても「建物の引渡し」が対抗要件になる(借地借家法31条)。「期間の定めがないから対抗できない」は誤り。期間の定めの有無は対抗力と無関係
- 先に対抗要件を備えた賃借人に、引渡義務はない:買受人は賃貸人の地位を引き継ぎ、賃貸借はそのまま継続する。「買受けから1年で引き渡せ」のような選択肢は根本から誤り
- 明渡猶予は「買受けの時から6か月」(395条1項):「契約期間満了まで」「1年間」など、別の期間にすり替えるのが定番のひっかけ。対象は競売手続の開始前から使用・収益する者
- 明渡猶予の対象は建物のみ:土地の賃借人に6か月の猶予はない。土地のケースにすり替えた出題実績あり
- 同意の登記(387条)は3点セット:①賃借権の登記+②優先するすべての抵当権者の同意+③同意の登記。引渡しだけでは入口にすら立てず、どれかひとつ欠けても対抗できない
締め:こむぎちゃんの1行まとめ
今日の教訓は—— 閉店したカフェでも、お代さえ払い続ければ6か月は住める!
つまり、わたしがあの優しいカフェでケーキ代を払い続ければ、閉店後も6か月ゆっくりできるってことです!
あっ、でも追い出されたくないので、今度カフェの店長さんに同意してもらって、同意の登記をしてきますね!
これでケーキ食べ放題の生活、完成です!
あと店長の同意で住めるようになるか!
ええか、正確に言うで!!
抵当権と賃借権の優劣は、対抗要件の先後で決まる!
建物の賃借権は、登記がなくても引渡しが対抗要件や(借地借家法31条)!
抵当権の登記より先に引渡しを受けとれば、買受人に対抗できる!
期間の定めの有無は関係ない!
引き渡す義務もない!
抵当権の登記より後なら対抗できひん!
せやけど競売手続の開始前から使うとる建物の使用者は、買受けの時から6か月、引渡しを猶予される(395条1項)!
契約の残り期間は関係ない!
猶予の間は使用の対価を払う!
催告されても払わへんかったら猶予を失う(395条2項)!
ほんで猶予があるのは建物だけ!
土地にはない!
最初から対抗したいなら、賃借権の登記+全抵当権者の同意+同意の登記の3点セットや(387条)!
ひとつでも欠けたらあかん!
おまけに、債務不履行の後なら抵当権者は賃料債権を物上代位で差し押さえられる(371条)!
今回のまとめ
抵当権つき建物の賃借人がどう扱われるかは、抵当権の設定登記と賃借権の対抗要件(登記または建物の引渡し)の先後で決まる。先なら買受人に対抗して住み続けられ、後なら対抗できないが、明渡猶予制度(395条)による6か月の救済と、同意の登記(387条)による例外がある。令和3年12月問10は、この枠組みと物上代位を組み合わせた総合問題である。
①優劣は対抗要件の先後で決まる: 抵当権の対抗要件は設定登記。建物賃借権の対抗要件は賃借権の登記または建物の引渡し(借地借家法31条)。先に対抗要件を備えたほうが優先する。
②抵当権登記より前の賃借人は買受人に対抗できる: 期間の定めの有無は無関係。買受人は賃貸人の地位を引き継ぎ、賃貸借は継続する。賃借人に建物の引渡義務はない。
③抵当権登記より後の賃借人には明渡猶予制度(395条): 対抗できない賃貸借により建物を使用する者のうち、競売手続の開始前から使用・収益する者は、買受人の買受けの時から6か月を経過するまで引渡しを要しない。契約の残存期間は関係なく、対象は建物のみ(土地にはない)。猶予期間中の使用の対価について、相当の期間を定めた1か月分以上の支払いの催告に応じなければ、猶予を失う。
④同意の登記(387条)がそろえば、後からの賃借権でも対抗できる: ①賃借権の登記、②その登記前に登記をしたすべての抵当権者の同意、③同意の登記、の3点セットが要件。すべてそろえば、同意した抵当権者(および買受人)に対抗でき、競売後も賃貸借を継続できる。
⑤債務不履行後は賃料に物上代位できる(371条・372条): 抵当権の効力は、被担保債権の不履行後に生じた果実(賃料)に及ぶ。抵当権者は賃料債権を差し押さえ、賃借人に直接の支払いを求めることができる。
| 論点 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 優劣の基準 | 抵当権の設定登記と賃借権の対抗要件の先後 | ─ |
| 建物賃借権の対抗要件 | 賃借権の登記、または建物の引渡し | 借地借家法31条 |
| 明渡猶予制度 | 競売手続開始前からの建物使用者は、買受けの時から6か月引渡し不要 | 395条1項 |
| 猶予の喪失 | 使用の対価につき1か月分以上の支払催告に応じないと猶予を失う | 395条2項 |
| 同意の登記 | 賃借権の登記+全抵当権者の同意+同意の登記で対抗可能 | 387条 |
| 賃料への物上代位 | 債務不履行後の賃料債権を差し押さえられる | 371条・372条 |
| 賃借人の比較 | 抵当権登記より前に対抗要件 | 抵当権登記より後に対抗要件 |
|---|---|---|
| 買受人への対抗 | できる | できない |
| 競売後の扱い | 賃貸借が継続(買受人が賃貸人の地位を承継) | 原則引渡し。ただし建物は買受けから6か月の明渡猶予 |
| 契約の残存期間 | そのまま有効 | 通用しない(猶予は6か月のみ) |
| 救済・例外 | (対抗できるので不要) | 同意の登記(387条)の3点セットがあれば対抗可能 |
| 令和3年12月問10 設問の正誤 | 内容 | 判定 |
|---|---|---|
| 1 | 債務不履行後、抵当権者は賃料債権を差し押さえることができる | ◯(正解・371条/372条) |
| 2 | 期間の定めがない場合、抵当権登記前に引渡しを受けた賃借人も買受人に対抗できない | ×(借地借家法31条により対抗できる) |
| 3 | 抵当権登記後の賃借人は、期間満了まで(1年間)引き渡す必要がない | ×(猶予は買受けの時から6か月・395条1項) |
| 4 | 抵当権登記前に引渡しを受けた賃借人は、買受けから1年経過で引き渡さなければならない | ×(対抗できるので引渡義務なし) |
