プロローグ
抽選に当たって、やっと買えたんです!2万円!
奮発したな。
届かなくなりました!
限定モデルなら在庫の替えもないやろうし。
届いてもいないのにお金だけ取られるなんておかしいですよ!
普通は返金対応してくれるやろ。
問い合わせます!
そのとき、事務所のドアが勢いよく開いた。入ってきたのは南向壱星だった。いつもはきちんと整えた髪が少し乱れていて、息を切らしている様子から、急いで来たことがうかがえる。
ちょっと相談に乗っていただきたいことがあって……!
いらっしゃい!
どうしたんですか、そんなに慌てて。
壱星の表情がほんの一瞬やわらいだが、すぐに深刻な顔に戻った。
……実は、うちのお客さんの棟上正博さんのことで困ってるんです。
何があった。
壱星は椅子に腰を下ろし、鞄からメモ帳を取り出した。
代金は3,800万円で、引渡し日に代金全額を支払うのと引換えに、建物の引渡しと所有権移転登記をする約束でした。
それで?
全焼です。
引渡し前に燃えちゃったんですか!?
消防の調査では、近隣の建物から延焼したもので、外構さんにも棟上さんにも責任はないという結論でした。
いわゆる「もらい火」です。
僕も宅建の勉強で危険負担は見た気がするんですけど、正直自信がなくて……。
お客さんに間違ったことを言うわけにもいかないので、登記田さんに確認したくて来ました。
これって、さっきの私のスニーカーの話と同じじゃないですか!
買ったものが届く前に燃えちゃって、お金どうなるのかっていう……!
ただ、スニーカー2万円と建物3,800万円じゃ、深刻さが桁違いやけどな。
これは危険負担の問題で、試験でもよく出る重要テーマや。
まず棟上さんのケースを整理してから、「もし原因が違ったらどうなるか」まで一緒に見ていこか。
せっかくやから勉強にもなるやろ。
メモ取りますので、お願いします!
推理①:建物が燃えても代金を払うのか?——危険負担の原則(債務者主義)
外構さんが売主で、棟上さんが買主。
売買契約は有効に成立していて、引渡し日前に建物が全焼した。
火災の原因は近隣からの延焼で、双方の責めに帰すことができない事由やった。
建物が存在しない以上、引き渡しようがないからな。
問題は、外構さんの引渡し債務が履行不能になったとき、棟上さんの代金支払い債務はどうなるかということや。
民法もそう考えとる。
民法536条1項にこう規定されとる。
「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる」
棟上さんのケースに当てはめると、棟上さんは建物の「引渡しを受ける権利」を持つ債権者で、反対給付は代金3,800万円の支払い、ということですか?
つまり、棟上さんは代金3,800万円の支払いを拒むことができる。
建物がなくなったのに代金だけ払わされる、ということにはならへん。
棟上さんにそう伝えられます。
ちょっと名前がややこしいから説明するで。
ここでいう「債務者」は、履行不能になった債務を負っていた側、つまり建物の引渡し義務を負っていた売主の外構さんのこと。
債務者である外構さんがリスクを負担する、つまり代金をもらえなくなるという意味で「債務者主義」と言うんや。
ちなみに、ここで注意してほしいのは、民法536条1項は「契約が消滅する」とは言うてないということや。
あくまで「反対給付の履行を拒むことができる」と言うとるだけ。
契約自体は有効なまま残っとる。
建物がなくなったのに?
棟上さんが代金を「拒める」だけや。
棟上さんが契約をきちんと終わらせたいなら、別途契約の解除をする必要がある。
履行不能による解除は、民法542条1項1号で認められとる。
催告なしで解除できる。
仮に建物が契約を結ぶ前にすでに焼失していたとしたらどうなるか。
それだと、存在しないものを売買することになりますよね。
契約は無効になるんですか?
けど、令和2年の改正民法では、原始的不能でも契約は有効に成立する(民法412条の2第2項)。
契約締結前に目的物が滅失していても、契約自体は有効。
ただし履行は不能やから、危険負担の問題として処理されるし、解除もできる。
ここは改正で変わった重要ポイントやから覚えときや。
メモしました。
該当する例: 売買契約成立後、引渡し前に双方の責めに帰すことができない火災で建物が滅失した場合、買主は代金の支払いを拒むことができる(民法536条1項)。契約自体は有効に存続し、買主は履行不能を理由に催告なしで解除できる(民法542条1項1号)。
該当しない例: 「双方に帰責事由がなくても、売買契約が有効に成立している以上、買主は代金を支払わなければならない」は誤り。改正民法では債務者主義が採用され、買主は反対給付の履行を拒むことができる。
推理②:もし火事の原因が売主や買主にあったら?——帰責事由による違い
火事の原因が売主にあった場合と、買主にあった場合で、結論がまったく変わる。
せっかくやから両方とも押さえとこか。
たとえば外構さんの不注意で火事になったケースや。
棟上さんは当然、代金を払わなくていいですよね?
外構さんの引渡し債務は履行不能になるから、棟上さんは代金の支払いを拒めるのは同じ。
でもそれだけやない。
売主の帰責事由による履行不能やから、棟上さんは損害賠償も請求できる(民法415条)。
引越し費用や仮住まいの費用など、履行不能によって生じた損害を賠償してもらえるということや。
ここで注意してほしいのは、「売主の帰責事由で建物が滅失したから、契約が無効になる」のではないということ。
契約はあくまで有効のまま。
棟上さんが解除権を行使して初めて契約関係が解消されるんや。
「無効」は最初からなかったことになる。
「解除」は有効に成立した契約を、当事者の意思で終了させること。
試験では「債務不履行によって契約が無効となる」という引っかけ選択肢がよく出るから、絶対に引っかからんようにな。
次に、買主の棟上さんに帰責事由がある場合を考えるで。
たとえば棟上さんが引渡し前に建物の内覧に行ったときに、棟上さんの不注意で火事を起こしてしまったとする。
さすがにこの場合は代金を払わないといけないんじゃ……。
民法536条2項にこうある。
「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない」
ここでの「債権者」は引渡しを受ける権利を持つ買主、つまり棟上さんのこと。
棟上さん自身のせいで建物がなくなったのやから、代金3,800万円の支払いを拒むことができない。
しかもこの場合、棟上さんのほうから契約を解除することもできない。
民法543条に「債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は(中略)契約の解除をすることができない」と規定されとる。
整理すると、こうなる。
解除も可能。
解除もできるし、さらに損害賠償も請求できる(民法415条)。
解除もできない(民法543条)。
試験では「帰責事由の有無」と「誰の帰責事由か」を正確に読み取ることが問われる。
問題文の一言一句に注意するんやで。
該当する例: 買主の責めに帰すべき事由で建物が滅失した場合、買主は代金の支払いを拒むことができず(民法536条2項)、自ら契約を解除することもできない(民法543条)。
該当しない例: 「売主の責めに帰すべき事由で建物が滅失した場合、売買契約は売主の債務不履行により無効となる」は誤り。契約は無効にはならず、買主は解除権の行使(民法542条1項1号)や損害賠償請求(民法415条)で対処する。
推理③:自然災害ならどうなる?——売買契約の特則と危険の移転時期
もし今回の火事の原因が、近隣からの延焼じゃなくて、たとえば地震や台風みたいな自然災害だったらどうなるんですか?
結論から言うと、自然災害であっても、引渡し前の滅失である限り、棟上さんは代金の支払いを拒める。
これは変わらへん。
民法567条1項前段にこう規定されとる。
「売主が買主に目的物を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は(中略)代金の支払いを拒むことができない」
拒めないんですか?
これは「引渡し後」の話や。
民法567条1項が言うとるのは、引渡しが済んだ後に自然災害で建物が壊れた場合は、買主は代金の支払いを拒めないということ。
裏を返せば、引渡し前であれば、買主は代金の支払いを拒める。
民法536条1項の原則通りや。
引渡し前は売主がリスクを負担し、引渡し後は買主がリスクを負担する。
この切り替わりのタイミングが「引渡し」や。
登記の移転時でもなければ、契約締結時でもない。
引渡し時。
ここは重要やで。
棟上さんのケースはまだ引渡し前だから、売主がリスクを負担する……つまり棟上さんは代金を拒める。
もし引渡し後だったら、棟上さんがリスクを負担する。
もう一つ、試験で出やすいポイントがある。
当事者間の特約の話や。
この特約は有効やろうか。
引渡しまでは売主がリスクを負担するっていう。
その通りで、この特約は民法の原則をそのまま確認したものやから、当然有効。
外構さんは建物の引渡し債務を負わず(履行不能)、棟上さんは代金の支払いを拒むことができる。
でも実際には民法567条は任意規定やから、当事者が合意すれば内容を変更することもできるし、原則通りの確認的な特約ももちろん有効。
どちらにしても特約は有効ということや。
民法567条は強行規定やないからな。
ただし、実務的にはそんな特約は買主にとって非常に不利やから、宅建業法上の問題が出てくる可能性はある。
今回はまず民法の原則を押さえとき。
該当する例: 「自然災害による建物滅失の危険は、建物引渡しまでは売主が負担する」との特約は、民法567条1項前段の原則と一致し、有効である。買主は代金の支払いを拒むことができる。
該当しない例: 「民法567条の規定は強行規定であり、これと異なる特約は無効である」は誤り。民法567条は任意規定であり、当事者の合意で修正することも、原則を確認する特約を設けることも可能。
事件の結論
これが民法536条1項の原則。
引渡し前の滅失であり、民法567条1項の趣旨とも一致する。
履行不能を理由に催告なしで解除できる(民法542条1項1号)。
契約関係をきちんと終了させたいなら、解除の意思表示をするとよい。
もし外構さんの責任で火災が起きていたなら損害賠償も請求できたが、今回のケースでは難しい。
壱星くんは棟上さんに「代金を払う必要はない、解除もできる」ということを伝えた上で、専門家への相談を勧めてあげたらええ。
登記田さん、本当に助かりました!
これで棟上さんにも自信を持って説明できます。
帰責事由が誰にあるかで結論が変わるっていうのも、試験対策としてすごく勉強になりました。
棟上さんのこと、よろしく頼むで。
壱星は立ち上がり、メモ帳を鞄にしまいながら、ふとこむぎちゃんのほうを見た。
さっきのスニーカーの件、きっと大丈夫ですよ。
届く前の話なら、お金は返してもらえるはずですから。
ありがとうございます、壱星さん優しい!
壱星は少し照れたように頭を掻いて、「それじゃ失礼します」と事務所を出ていった。ドアが閉まった後、登記田が小さく苦笑した。
何がですか?
試験のひっかけメモ
- 危険負担の原則は「債務者主義」(民法536条1項): 双方の責めに帰すことができない事由で債務が履行不能になった場合、債権者(買主)は反対給付(代金)の支払いを拒むことができる。ただし契約は当然には消滅しない
- 買主に帰責事由がある場合は代金支払いを拒めない(民法536条2項): さらに、買主自身の帰責事由で履行不能になった場合は、契約の解除もできない(民法543条)
- 売主に帰責事由がある場合でも、契約は「無効」にはならない: 契約は有効のまま存続する。買主は解除(民法542条1項1号)と損害賠償請求(民法415条)で対処する。「債務不履行により無効となる」は引っかけ
- 売買の危険移転時期は「引渡し時」(民法567条1項): 引渡し前の滅失は売主がリスクを負担し、引渡し後の滅失は買主がリスクを負担する。登記移転時や契約締結時ではない
- 原始的不能でも契約は有効に成立する(民法412条の2第2項): 契約締結前に目的物が滅失していても、契約自体は有効。履行不能として処理し、危険負担や解除の問題になる
締め:こむぎちゃんの1行まとめ
つまり、届く前に燃えちゃったらお金は払わなくていいってことですね!
ということは、私のスニーカーも引渡し前に焼失したから代金は拒否!
しかも精神的苦痛として同じ限定スニーカーをもう1足……いやいや2足!
損害賠償で2足請求します!
さらに倉庫が燃えたのは売主の帰責事由だから解除も損害賠償も両方いけるはず!!
合計3足のスニーカーが手に入る!!
正確に言うで!!
双方の責めに帰すことができない事由で履行不能になった場合、債権者は反対給付の履行を拒むことができる(民法536条1項)!
債権者に帰責事由があれば反対給付の履行を拒めない(同条2項)!
売主に帰責事由があれば損害賠償請求(民法415条)と解除(民法542条1項1号)ができる!
買主に帰責事由があれば解除もできない(民法543条)!
売買の危険移転時期は引渡し時(民法567条1項)!
原始的不能でも契約は有効(民法412条の2第2項)!
今回のまとめ
危険負担とは、双方の責めに帰すことができない事由で一方の債務が履行不能になった場合に、他方の債務(反対給付)がどうなるかという問題である。改正民法は「債務者主義」を採用し、債権者は反対給付の履行を拒むことができる(民法536条1項)。帰責事由が買主にある場合は代金支払いを拒めず(同条2項)、解除もできない(民法543条)。売主に帰責事由がある場合は解除(民法542条1項1号)と損害賠償(民法415条)で対処する。売買契約における危険の移転時期は引渡し時であり(民法567条1項)、引渡し前の滅失リスクは売主が、引渡し後は買主が負担する。
①危険負担の原則・債務者主義(民法536条1項): 双方の責めに帰すことができない事由による履行不能の場合、債権者(買主)は反対給付(代金)の支払いを拒むことができる。契約は当然には消滅せず、解除は別途必要。
②買主に帰責事由がある場合(民法536条2項・543条): 買主は代金支払いを拒めない。買主からの契約解除もできない。
③売主に帰責事由がある場合(民法415条・542条1項1号): 買主は代金支払いを拒められる。解除も損害賠償請求もできる。契約は「無効」にはならない。
④危険の移転時期(民法567条1項): 引渡し前の滅失は売主負担、引渡し後の滅失は買主負担。引渡し時が危険の移転時期。
⑤原始的不能と契約の有効性(民法412条の2第2項): 契約締結前に目的物が滅失していても、契約は有効に成立する。履行不能として処理。
| 項目 | 双方に帰責事由なし | 売主に帰責事由あり | 買主に帰責事由あり |
|---|---|---|---|
| 法的根拠 | 民法536条1項 | 民法415条・542条 | 民法536条2項・543条 |
| 代金支払い | 拒むことができる | 拒むことができる | 拒むことができない |
| 契約の解除 | できる(542条1項1号) | できる(542条1項1号) | できない(543条) |
| 損害賠償請求 | できない | できる(415条) | できない |
| 危険の移転時期 | 引渡し前 | 引渡し後 |
|---|---|---|
| リスク負担者 | 売主 | 買主 |
| 法的根拠 | 民法536条1項・567条1項 | 民法567条1項 |
| 買主の代金支払い | 拒むことができる | 拒むことができない |
