プロローグ
ネットで中古のコーヒーメーカーを買ったんですよ!
ええやん。
届いてすぐに使って、毎朝おいしいコーヒーを淹れてたんですけど……よく見たら説明書が入ってなかったんですよ!
コーヒーメーカー自体はちゃんと動くんやろ?
でも説明書がないのは不完全じゃないですか!?
返品したいんです!
説明書くらいメーカーのサイトで見られるやろ。
まあ、出品者に連絡してみたらどうや。
そのとき、事務所のドアが開いた。入ってきたのは画地宗一郎だった。片手に紙袋を提げ、もう片方の手を軽く上げて挨拶する。
今日もお邪魔するよ。
いらっしゃい!
今日はどうされました。
画地は紙袋をテーブルに置いた。中から出てきたのは、京都の老舗菓子店の抹茶カステラだった。
先日、嵐山のほうに散歩に行った帰りに買ってきたんだよ。
ありがとうございます!
で、今日はどんなご相談で?
画地は座りながら、少し困った顔をした。
私では何もアドバイスできなくて、登記田くんの知恵を借りたいんだよ。
どういう状況ですか。
半年ほど前に、建蔽達也という人物にその土地を売ったんだよ。
代金は4,500万円。
建蔽さんは代金のうち3,000万円を支払って、棟上はそれと引換えに所有権の移転登記と土地の引渡しをした。
残りの1,500万円は翌月末に支払う約束だったそうだ。
催促しても「もう少し待ってくれ」の一点張りで、3か月経っても払わないんだよ。
それで棟上は我慢の限界になって、相当の期間を定めて催告した上で、売買契約を解除したそうだ。
民法541条の催告による解除やな。
手続きとしては正しい。
解除した後にわかったんだが、建蔽さんは土地を引き渡されすぐ、その土地を貸駐車場にして収益を上げていたんだよ。
しかも最近になって、地目翔太という人物にその土地を売ろうとしていることが判明した。
どうやら売買の話はかなり進んでいるらしいんだが、登記の移転はまだ済んでいないそうだ。
残りのお金を払わないで、人の土地で駐車場をやって、さらに別の人に売ろうとしてるんですか?
棟上は「解除はしたけど、土地は取り戻せるのか」「駐車場で稼いだ分はどうなるのか」「自分が受け取った3,000万円はどうすればいいのか」と、もう頭を抱えていてね。
買ったものを返すとき、使っていた間の分はどうなるのかっていう……。
ただ、こむぎちゃんのコーヒーメーカーとは金額も深刻さもまるで違うけどな。
画地さん、まず棟上さんに伝えてほしいことがある。
登記田は少し身を乗り出した。
建蔽さんから地目さんへの登記移転がまだ済んでいない今がチャンス。
もし地目さんに登記が移ってしまったら、土地を取り戻せなくなるかもしれん。
理由を順番に説明しますね。
まず「解除したら何が起きるか」から整理していきましょか。
推理①:解除したら何が起きる?——原状回復義務と使用利益の償還
つまり、最初からなかったことになる。
そうなると、お互いに受け取ったものを返さなあかん。
これを原状回復義務と言う。民法545条1項本文の話や。
棟上さんは受け取った代金3,000万円を建蔽さんに返還する。
しかも、受け取った時点からの利息をつけてや(民法545条2項)。
一方、建蔽さんは土地を棟上さんに返還し、所有権移転登記を抹消する義務を負う。
お互いに元の状態に戻すわけだね。
ただ、問題がある。
建蔽さんは土地を引き渡された日から貸駐車場にして収益を上げとったやろ。
土地を現状そのまま返せばそれでおしまい、というわけやない。
そのまま建蔽さんのものになっちゃうんですか?
判例(最判昭51.02.13)では、目的物を使用収益して得た利益も、原状回復として売主に償還する義務があるとされとる。
建蔽さんが貸駐車場で上げた収益は、棟上さんに返さなあかんのや。
あの土地は駅前だから、駐車場にすれば月々それなりの収益があるだろうねえ。
それを全部返してもらえるのかい。
原状回復は「現物を返せばおしまい」やない。
目的物を使って得た利益も含めて、契約がなかった状態に巻き戻すのが趣旨や。
棟上さんが受け取った代金に利息をつけて返すのと同じで、建蔽さんも土地を返すだけやなく、使用利益を償還する義務がある。
お互いに、受け取ったもの+その間に得た利益を返して、完全にチャラにするんですね。
該当する例: 買主が売買契約解除前に目的物である土地を貸駐車場にして得た収益は、原状回復として売主に償還する義務がある(最判昭51.02.13)。
該当しない例: 「原状回復は目的物を現状有姿で返還すれば足り、使用収益の償還は不要」は誤り。使用利益も含めて原状回復の対象となる。
推理②:第三者に登記が渡る前に動け——解除と第三者の関係
で、登記田くん。さっき「登記を急げ」と言っていたのは、地目さんの件だね?
ここが今回一番大事なところや。
建蔽さんが地目翔太さんに土地を売ろうとしていて、売買の話が進んでいる。
今はまだ登記が移っていないという状況やな。
棟上が言うには、まだ登記は建蔽さんの名義のままだそうだよ。
ここは試験でもよく出る重要論点や。
登記田はテーブルの上のメモ用紙を引き寄せ、図を描き始めた。
これは「解除する前に、第三者が利害関係に入っていた場合」のこと。
民法545条1項ただし書にこうある。
「第三者の権利を害することはできない」
棟上さんが解除する前に、建蔽さんがすでに地目さんに土地を売って、登記も移転していたとする。
この場合、地目さんは「解除前の第三者」になる。
民法545条1項ただし書で保護されるから、棟上さんは地目さんに対して「土地を返せ」と主張できへん。
でも、もし地目さんが「建蔽さんは残代金を払っていない」って知っていたらどうなんですか?
つまり、建蔽さんがお金を払ってないことを知りながら買ったとしたら?
結論から言うと、善意でも悪意でも関係ない。
地目さんが建蔽さんの債務不履行を知っていたとしても、登記を備えていれば保護される。
最判昭33.06.14がそう判示しとる。
なんだかずるい気がします……。
でもな、ここでの「第三者の保護」は取引の安全を守るためのもの。
「解除されるかもしれない」というリスクを第三者に全部負わせたら、不動産取引の安定性が損なわれるやろ。
だから、善意悪意を問わず、登記という客観的な基準で線引きしとるんや。
ただし裏を返せば、登記を備えていなければ保護されない。
これが重要なポイントや。
建蔽さんと地目さんの取引はまだ登記が移っていないんだが……。
仮に建蔽さんと地目さんの売買契約が棟上さんの解除より前に締結されていたとしても、地目さんは登記を備えていない。
登記がなければ、解除前の第三者として保護されへん。
だから、今の段階では棟上さんが土地を取り戻せる余地がある。
これは「解除した後に、第三者が利害関係に入った場合」や。
棟上さんはすでに契約を解除しとる。
もし地目さんとの売買が解除後の話であれば、地目さんは「解除後の第三者」になる。
判例(大判昭14.07.07)では、対抗問題として処理される。
つまり、棟上さんと地目さんのどちらが先に登記を備えたかで勝負が決まる。
解除によって、建蔽さんの名義になっている登記は本来棟上さんに戻されるべきもの。
でも建蔽さんがその登記を使って地目さんに売ってしまい、地目さんが先に登記を得たら、棟上さんは負ける。
逆に、棟上さんが先に登記を取り戻せば、棟上さんの勝ちや。
だから「登記を急げ」なんだね。
整理すると、こうなる。
ただし登記が必要。
善意悪意は問わない。
登記がなければ保護されない。
登記の先後で決まる。
地目さんがまだ登記を備えていない今なら、棟上さんが先に登記を取り戻せる。
でも、もたもたしているうちに地目さんに登記が移ってしまったら、棟上さんは土地を取り戻せなくなる。
だから、一刻も早く動くべきなんや。
これはすぐに棟上に伝えなければ。
該当する例: 解除前の第三者であっても、登記を備えていなければ保護されない(民法545条1項ただし書・最判昭33.06.14)。解除後の第三者との関係は対抗問題として登記の先後で決する(大判昭14.07.07)。
該当しない例: 「第三者が解除原因について悪意であれば、解除権者は第三者に対して所有権を主張できる」は誤り。善意悪意は問わず、登記の有無で判断される。
推理③:解除と損害賠償は両立する——民法545条4項と同時履行
棟上は「自分が受け取った3,000万円はどうすればいいのか」と言っていた。
利息をつけて返すのはわかったけど、棟上自身もこの件でずいぶん迷惑をかけられている。
損害賠償は請求できるのかい?
解除したからといって、損害賠償請求権が消えるわけやない。
棟上さんは建蔽さんに対して、契約解除と損害賠償の両方を請求できる。
土地が戻ってこない場合でも、損害賠償で回収できる道があるわけだ。
そしてもう一つ、大事なポイントがある。
同時履行の抗弁権の話や。
棟上さんは受け取った代金3,000万円+利息を返す義務がある。
建蔽さんは土地の返還、登記の抹消、駐車場収益の償還という義務がある。
この双方の原状回復義務は、同時履行の関係に立つ(民法546条→533条)。
棟上さんは、建蔽さんが土地の返還や登記の抹消をするまで、代金の返還を拒むことができる。
同時に引渡しをする、あるいは相手が先に履行するまで自分は履行しなくてもよい、という抗弁権や。
約束を破った人が「同時履行だ!」って主張するのはずるくないですか?
原状回復義務は、解除によって双方に平等に課されるもの。
「約束を破ったほうが先に返せ」というルールにはなってないんや。
建蔽さんから「先に3,000万円を返してくれ」と言われても、「土地を返して、登記を抹消して、駐車場の収益を償還してからや」と突っぱねられるからな。
棟上が一方的に先に金を返す必要はないわけだね。
まとめると、棟上さんの取るべきアクションは3つや。
該当する例: 契約を解除した売主は、解除に加えて損害賠償も請求できる(民法545条4項)。双方の原状回復義務は同時履行の関係にあり、債務不履行をした側も同時履行の抗弁権を主張できる(民法546条→533条)。
該当しない例: 「自らの債務不履行で解除された買主は、原状回復義務を先に履行しなければならず、同時履行の抗弁権は主張できない」は誤り。
事件の結論
これが最優先。
地目さんに登記が移ってしまったら、解除前の第三者として登記を備えた状態になるか、解除後の対抗関係で負ける可能性がある。
登記がまだ移っていない今が勝負どころや。
土地を現状で返してもらうだけやなく、使用利益も請求できる。
解除と損害賠償は両立する。
そして、棟上さんが受け取った代金3,000万円の返還と、建蔽さんの原状回復義務は同時履行の関係やから、建蔽さんが先に土地の返還や登記抹消をするまで、棟上さんが代金を返す必要はない。
……ありがとう、登記田くん。
これなら棟上にもわかりやすく伝えられるよ。
とにかく「まず登記を急げ」だね。
法律の話は弁護士にも相談してもらうとして、登記だけは一刻を争うということだけは、すぐに伝えてあげてください。
画地は大きく頷いて立ち上がり、スマートフォンを取り出した。
本当に助かった。
それじゃあ、抹茶カステラはゆっくり食べてくれたまえ。
棟上さんがうまくいくといいですね!
画地は手を振りながら事務所を出ていった。こむぎちゃんが早速カステラの箱を開けている。
試験のひっかけメモ
- 解除前の第三者は善意・悪意を問わず保護される(民法545条1項ただし書): ただし対抗要件(登記)を備えていることが必要。登記がなければ保護されない(最判昭33.06.14)
- 解除後の第三者とは対抗問題(大判昭14.07.07): 解除後に現れた第三者とは登記の先後で決まる。解除した売主が先に登記を戻せば勝ち、第三者が先に登記を得れば売主は負ける
- 原状回復には使用利益の償還も含む(最判昭51.02.13): 目的物を現状有姿で返せば足りるわけではない。使用収益して得た利益も売主に償還する義務がある
- 原状回復義務は同時履行の関係(民法546条→533条): 債務不履行をした側であっても同時履行の抗弁権を主張できる。「約束を破ったほうが先に返せ」というルールではない
- 解除と損害賠償は両立する(民法545条4項): 解除権を行使しても損害賠償請求権は消滅しない
締め:こむぎちゃんの1行まとめ
つまり、契約を解除したらお互い全部元に戻さなきゃいけないってことですね!
ということは、私がネットで買ったコーヒーメーカーを返品したら、この1週間コーヒーメーカーで淹れて飲んだコーヒー代も返さなきゃいけないんですか!?
え、まさか飲んだコーヒーも原状回復で全部戻す……!?
お腹の中からコーヒーを……!?
しかも急いで登記しないと、コーヒーが第三者の手に!!
正確に言うで!!
契約を解除したら双方に原状回復義務が生じる(民法545条1項本文)!
金銭は受領時からの利息をつけて返還(同条2項)!
目的物の使用利益も償還義務あり(最判昭51.02.13)!
解除前の第三者は善意悪意を問わず登記があれば保護される(民法545条1項ただし書・最判昭33.06.14)!
解除後の第三者とは対抗問題で登記の先後で勝負が決まる(大判昭14.07.07)!
解除と損害賠償は両立する(民法545条4項)!
原状回復義務は同時履行の関係(民法546条→533条)!
今回のまとめ
契約が解除されると、双方に原状回復義務が生じる(民法545条1項本文)。金銭は受領時からの利息をつけて返還し(同条2項)、目的物の使用利益も売主に償還する義務がある(最判昭51.02.13)。解除前の第三者は善意悪意を問わず、登記を備えていれば保護される(民法545条1項ただし書・最判昭33.06.14)。解除後の第三者との関係は対抗問題として登記の先後で処理される(大判昭14.07.07)。解除と損害賠償は両立し(民法545条4項)、双方の原状回復義務は同時履行の関係に立つ(民法546条→533条)。
①原状回復義務(民法545条1項本文・2項): 契約解除により双方が受け取ったものを返還する義務を負う。金銭は受領時からの利息付き。目的物の使用利益も償還対象。
②解除前の第三者(民法545条1項ただし書): 解除前に利害関係に入った第三者の権利を害することはできない。ただし第三者は登記を備える必要がある。善意悪意は問わない。
③解除後の第三者(対抗問題): 解除後に現れた第三者との関係は、登記の先後で決する。
④解除と損害賠償(民法545条4項): 解除権の行使は損害賠償請求を妨げない。
⑤同時履行の抗弁権(民法546条→533条): 双方の原状回復義務は同時履行の関係。債務不履行をした側も主張できる。
| 項目 | 解除前の第三者 | 解除後の第三者 |
|---|---|---|
| 法的根拠 | 民法545条1項ただし書 | 対抗問題(判例:大判昭14.07.07) |
| 保護の要件 | 登記を備えていること | 先に登記を備えた者が勝つ |
| 善意・悪意 | 問わない(最判昭33.06.14) | 問わない |
| 登記がない場合 | 保護されない | 対抗できない |
| 原状回復の内容 | 売主(棟上さん)側 | 買主(建蔽さん)側 |
|---|---|---|
| 金銭の返還 | 受領済み代金+受領時からの利息 | ― |
| 目的物の返還 | ― | 土地の返還 |
| 登記 | ― | 所有権移転登記の抹消 |
| 使用利益の償還 | ― | 駐車場収益の償還 |
| 損害賠償 | 請求可(民法545条4項) | ― |
| 同時履行 | 相手方の履行まで自己の履行を拒否可 | 相手方の履行まで自己の履行を拒否可 |
