プロローグ
平日の午後、宅建探偵事務所。こむぎちゃんが、窓際の床に向かって両手をぱたぱたと動かしていた。
夏の日差しって、影がくっきりですね〜。
ほら、キツネさん!
……あれ?
ハトさんのつもりだったんですけど。
ええ身分やなあ、こむぎちゃんは。
私が右手を動かすと、影も絶対に右手を動かすんです。
当たり前なんですけど、影って、本体を裏切れないんだなあって。
ほんで?
踏まれても痛くないし。
本体から影には全部伝わるのに、影から本体には、何にも伝わらないんですね〜。
ふしぎ!
……まあ、当たり前のことを当たり前やと言葉にできるんは、案外えらいことやけどな。
私、今日はなんだか研究者の気分です!
こむぎちゃんが得意げに胸を張ったところで、事務所の扉がノックされた。顔を見せたのは、スーツ姿の男性──媒介実務の相談でたびたび事務所を訪ねてくる、宅建士の敷地倫太郎さんである。
お仕事中にすみません、登記田さん。
ちょっと厄介な相談を預かってしまいまして……
知恵をお借りできますか。
厄介な話は大好物ですわ。
どうぞどうぞ。
今日の事件:平成15年 問7
こむぎちゃんが出した冷たい麦茶を一口飲むと、敷地さんは鞄から契約書のコピーを取り出した。
売主はうちの長年のお客様で、買主は縄伸さんという方。
残代金が1,000万円あるんですが、支払期日を過ぎてから、もう1年近く延び延びになっていまして。
縄伸さんだけに、支払いがどんどん伸びちゃってるんですね……。
先日、売主さんからこう言われました。
「知り合いから、"請求すれば時効は止まる"と聞いた。縄伸さん本人はのらりくらりで話にならないから、保証人のほうに内容証明を送っておけば、代金債権の時効の心配はなくなるんだよね?」と。
「保証人に請求しておけば、本体の借金の時効も安心」──と。
連帯保証人は主債務者とほぼ同じ立場だと勉強しましたから、保証人への請求は本人への請求と同じ扱いになるんじゃないかと。
ただ、どうも引っかかるところがあって、お客様に断言する前に確認しに来ました。
実はそこ、民法改正でルールが変わったところですねん。
古い知識のままやと、えらい目に遭う。
ちょうどええ過去問がありますわ。
登記田は資料棚から一枚のコピーを取り出し、テーブルに置いた。
Aは、Aの所有する土地をBに売却し、Bの売買代金の支払債務についてCがAとの間で保証契約を締結した。この場合、民法の規定によれば、次の記述のうち誤っているものはどれか。(平成15年 問7・改)
- Cの保証債務がBとの連帯保証債務である場合、AがCに対して保証債務の履行を請求してきても、CはAに対して、まずBに請求するよう主張できる。
- Cの保証債務にBと連帯して債務を負担する特約がない場合、AがCに対して保証債務の履行を請求してきても、Cは、Bに弁済の資力があり、かつ、執行が容易であることを証明することによって、Aの請求を拒むことができる。
- Cの保証債務がBとの連帯保証債務である場合、Cに対する履行の請求による時効の完成猶予及び更新は、Bに対してはその効力を生じない。
- Cの保証債務にBと連帯して債務を負担する特約がない場合、Bに対する履行の請求その他時効の完成猶予及び更新は、Cに対してもその効力を生ずる。
土地の売買代金の保証──敷地さんの案件と、まるっきり同じ構図ですな。
今日の主役は設問3と4。「誰に起きたことが、誰に伝わるのか」っちゅう、効力の方向の話ですわ。
問題文をのぞき込んでいたこむぎちゃんが、はっと窓際の床を見た。
それって、さっきの私の影の話と同じじゃないですか!
本体が動けば影は動く、でも影をつついても本体には伝わらない!
今日の事件は、本体と影の事件や。
ほな、推理していこか。
推理①:本体が動けば影も動く──主たる債務者に生じた事由(民法457条)
以前この事務所で、お菓子のおまけシールの話をしたん、覚えてますか。
おまけは本体のお菓子にくっついていて、本体が売れたらおまけも一緒についていく──保証債務の付従性の話ですわ。
保証債務は、主たる債務にくっついてる「おまけ」なんですよね。
本体が消えたらおまけも消える!
ほんで今日は、そのくっつき方をもう一歩進めます。
主たる債務(本体)に起きた出来事は、保証債務(影)にもそのまま伝わる──設問4がそれや。
- Cの保証債務にBと連帯して債務を負担する特約がない場合、Bに対する履行の請求その他時効の完成猶予及び更新は、Cに対してもその効力を生ずる。
やさしく言えば、債権者が主たる債務者に請求すれば、保証人に対しても請求したのと同じ効果が生じ、保証債務の時効もあわせて完成猶予・更新される、というルール。本体が右手を動かせば、影も必ず右手を動かす──あの関係である。根拠は民法457条1項だ。
民法457条1項 主たる債務者に対する履行の請求その他の事由による時効の完成猶予及び更新は、保証人に対しても、その効力を生ずる。
履行の請求だけやのうて、たとえば主たる債務者が債務を承認した場合の時効の更新も、保証人に及びます。
「Bさんが『たしかに1,000万円の借りがあります』と一筆書いた」──これで主債務の時効が更新されたら、保証債務の時効も一緒に更新される。
つまり、買主の縄伸さん本人に対して手を打てば、その効果は自動的に保証人にも及ぶ……
本体を動かせば、影はついてくる、と。
ほんで大事なんは、これは設問4の「連帯の特約がない場合」──つまり普通の保証に限った話やない、っちゅうことです。
457条1項は普通保証でも連帯保証でも共通。
本体→影の方向は、どんな保証でも必ず伝わる。
設問4は正しい記述ですわ。
該当する例:売主Aが買主B(主たる債務者)に裁判上の請求をした/Bが債務を承認した。→時効の完成猶予・更新の効力は、保証人C(普通保証・連帯保証を問わず)にも及ぶ(457条1項)。
該当しない例:「主たる債務者への請求は、保証人には効力が及ばない」という記述。→誤り。付従性に基づく457条1項により、必ず及ぶ。
推理②:影を踏んでも本体は動かない──連帯保証人に生じた事由(民法458条・441条)
設問3や。
- Cの保証債務がBとの連帯保証債務である場合、Cに対する履行の請求による時効の完成猶予及び更新は、Bに対してはその効力を生じない。
この設問3は正しい。
つまり──連帯保証人Cにいくら請求しても、主たる債務者Bの債務の時効には、まったく効きません。
連帯保証人は主債務者とほぼ同じ立場なのに?
仕組みを見てみましょ。
連帯保証人に生じた事由については、民法458条が連帯債務のルールを準用しとります。
ほんで連帯債務の世界では、履行の請求は相対効──請求された本人にしか効かへん、が原則や(441条本文)。
民法458条 第438条、第439条第1項、第440条及び第441条の規定は、主たる債務者と連帯して債務を負担する保証人について生じた事由について準用する。
民法441条(本文) 第438条、第439条第1項及び前条に規定する場合を除き、連帯債務者の一人について生じた事由は、他の連帯債務者に対してその効力を生じない。
影をつんつんつついても、本体の私はくすぐったくない……。
保証人さん(影)に請求しても、本体の縄伸さんには何にも伝わらないんですね!
しかもここ、民法改正で答えが変わったところですねん。
昔の民法では、連帯保証人への履行の請求は絶対効──保証人に請求したら、主債務者にも請求したことになって、主債務の時効も止まった。
せやから改正前の古いテキストや、昔勉強した人の記憶では「保証人に請求しておけば大丈夫」になっとる。
今は違います。
改正民法で履行の請求は相対効になった。
売主さんの「知り合いから聞いた話」は、おそらく旧法時代の知識ですわ。
私がお客様に「それで大丈夫です」と言っていたら、保証人にだけ内容証明を送り続けて、肝心の縄伸さんへの代金債権は時効に向かって進み続けていたわけですね。
ひとつ補足しとくと、保証人Cへの請求が無意味なわけやないですで。
C自身の保証債務の時効に対しては、ちゃんと完成猶予の効果があります。
影そのものには効いとる。
ただ、本体には届かん、っちゅうことです。
ここで、実務のワンポイントも押さえておこう。内容証明郵便による請求は、法律上は「催告」であり、時効の完成を6か月間猶予するにとどまる(民法150条)。その間に裁判上の請求などに進まなければ、更新(リセット)はされない。「誰に送るか」(方向の問題)と「送ってどこまで効くか」(催告の限界)は、二段構えで注意が必要だ。
458条が準用しとる条文を見てみ。
更改(438条)・相殺(439条1項)・混同(440条)──この3つは絶対効。
ほんで、条文に書くまでもなく、弁済みたいに債務そのものを消滅させる行為も、当然本体に効きます。
連帯保証人Cが1,000万円払たら、主債務も消える。
影が「消える」レベルの大事件は、さすがに本体にも意味がある、っちゅうことですな。
該当する例:売主Aが連帯保証人Cに履行を請求した。→C自身の保証債務の時効には完成猶予の効果があるが、主たる債務者Bの債務の時効には効力が生じない(458条・441条本文・相対効)。
該当しない例:連帯保証人Cが代金全額を弁済した/AC間で相殺・更改・混同があった。→これらは主たる債務にも効力が及ぶ(弁済による債務消滅、458条が準用する438条・439条1項・440条)。
推理③:そもそも保証人にいきなり全額請求できる?──設問1・2(復習)
もうひとつ、基本の確認なんですが──売主さんは、縄伸さん本人を飛ばして、いきなり保証人に全額請求すること自体はできるんですよね?
実はこのテーマ、つい先日この事務所でじっくり整理したばかりですねん。軽くおさらいしましょか。
- Cの保証債務がBとの連帯保証債務である場合、AがCに対して保証債務の履行を請求してきても、CはAに対して、まずBに請求するよう主張できる。
- Cの保証債務にBと連帯して債務を負担する特約がない場合、AがCに対して保証債務の履行を請求してきても、Cは、Bに弁済の資力があり、かつ、執行が容易であることを証明することによって、Aの請求を拒むことができる。
「まず本人に催促して」と言える催告の抗弁権(452条)と、本人に資力があり執行が容易なことを証明して「まず本人の財産に執行して」と言える検索の抗弁権(453条)。
せやから設問2は正しい。
……ですよね?
この前の雪宮さんの事件で覚えました!
せやから設問1は誤り──連帯保証人Cは「まずBに請求して」とは主張でけへん。
ほんで本問は「誤っているものはどれか」やから、正解は設問1。
敷地さんの質問への答えも同じで、連帯保証やから、売主さんは保証人にいきなり全額請求できます。
ただし、それで主債務の時効まで守れるかは、推理②の通り別問題、っちゅうことですわ。
該当する例:連帯保証人Cに売主Aがいきなり全額請求した。→Cは催告の抗弁権も検索の抗弁権も持たず、請求を拒めない(454条)。
該当しない例:連帯の特約のない普通の保証人Cへの請求。→催告の抗弁権(452条)・検索の抗弁権(453条)を行使できる(主債務者の破産手続開始・行方不明の場合を除く)。
事件の結論
設問1は誤り──これが本問の正解。連帯保証人には催告の抗弁権がなく(民法454条)、「まず主たる債務者に請求せよ」と主張することはできない。
設問2は正しい。連帯の特約のない普通の保証人には検索の抗弁権があり(民法453条)、主たる債務者に弁済の資力があり、かつ執行が容易であることを証明すれば、債権者の請求を拒める。
設問3は正しい。連帯保証人に生じた事由には連帯債務の規定が準用され(民法458条)、履行の請求は相対効(民法441条本文)。連帯保証人への請求による時効の完成猶予・更新は、主たる債務者には及ばない。改正民法で旧法(絶対効)から変わった重要ポイント。
設問4は正しい。付従性に基づき、主たる債務者に対する履行の請求その他の事由による時効の完成猶予・更新は、保証人にも効力を生ずる(民法457条1項)。普通保証・連帯保証に共通。
売主さんには、こうお伝えします。
保証人への請求は請求で有効だが、それでは縄伸さん本人への代金債権の時効は守れない。
だから最優先は縄伸さん本人への対応──内容証明での請求に加えて、できれば支払計画に一筆もらって債務の承認を取る。
話がまとまらないなら、6か月の猶予期間のうちに裁判上の請求も視野に入れる。
保証人への請求は、それと並行して行う、と。
本体と影、両方に手を打つ。
それも、どっちに打った手がどこまで効くかを分かった上でな。
お客様にそこまで説明できたら、宅建士冥利に尽きるっちゅうもんです。
確認しに来て本当によかったです。
ありがとうございました!
敷地さんは契約書のコピーを丁寧に鞄へしまうと、足早に、しかし来たときよりずっと晴れやかな顔で事務所を後にした。
試験のひっかけメモ
- 「連帯保証人に履行を請求すれば、主たる債務の時効も完成猶予・更新される」→✕。連帯保証人に生じた事由は原則相対効(民法458条・441条本文)。主たる債務には及ばない。
- 「旧法どおり、連帯保証人への請求は絶対効である」→✕。改正民法により履行の請求は相対効に変更された。改正前の知識・古いテキストに注意。
- 「主たる債務者に履行を請求しても、保証人には効力が及ばない」→✕。付従性により保証人にも及ぶ(民法457条1項)。普通保証・連帯保証共通。
- 「主たる債務者が債務を承認しても、保証人の時効には影響しない」→✕。457条1項の「その他の事由」に含まれ、保証人にも及ぶ。
- 「連帯保証人が弁済しても、主たる債務は消滅しない」→✕。弁済による債務消滅は主たる債務にも及ぶ。更改・相殺・混同も絶対効(458条が準用する438条・439条1項・440条)。
- 「連帯保証人は、まず主たる債務者に請求するよう主張できる」→✕。連帯保証人には催告の抗弁権も検索の抗弁権もない(民法454条)。
締め:こむぎちゃんの1行まとめ
「本体に起きたことは、ぜんぶ影に伝わる」!
つまり……
登記田さんの影に先におやつ休憩をとらせれば、本体の登記田さんも自動的におやつ休憩!
私、今から登記田さんの影にどら焼きをお供えしてきます!
ええか、本体(主たる債務者)に起きたことが影(保証人)に伝わるんや、影に何かしても本体には伝わらへん、それが相対効!せやから保証人に請求しても主債務の時効は守られへん!
昔は守られたけど民法改正で変わった、古いテキストは要注意!ほんで例外は弁済・更改・相殺・混同だけ!影にどら焼き供えても、わしのおやつ休憩は始まらん!
今回のまとめ
- 保証の論点では「誰に生じた事由が、誰に伝わるか」という効力の方向を意識する。
- 主たる債務者に生じた事由(履行の請求・承認その他による時効の完成猶予・更新)は、保証人に及ぶ(民法457条1項・付従性)。普通保証・連帯保証に共通。
- 連帯保証人に生じた事由には連帯債務の規定が準用され(民法458条)、履行の請求は相対効(民法441条本文)。主たる債務の時効には及ばない。改正民法で旧法(絶対効)から変更された重要ポイント。
- 例外として絶対効になるのは、弁済等の債務消滅行為・更改(438条)・相殺(439条1項)・混同(440条)。
- 連帯保証人への請求は、連帯保証人自身の保証債務の時効には完成猶予の効果がある(本体に届かないだけ)。
- 内容証明郵便による請求(催告)は時効完成を6か月猶予するのみ(民法150条)。更新には裁判上の請求や債務の承認が必要。
- 連帯保証人には催告の抗弁権・検索の抗弁権がない(民法454条)。※第71話の復習
効力の方向の整理(最重要)
| 事由が生じた側 | 方向 | 主な事由 | 結論 |
|---|---|---|---|
| 主たる債務者 | 本体→影 | 履行の請求・承認等による時効の完成猶予・更新 | 保証人に及ぶ(457条1項)※普通・連帯共通 |
| 連帯保証人 | 影→本体 | 履行の請求 | 主債務者に及ばない(458条・441条・相対効) |
| 連帯保証人 | 影→本体 | 弁済・更改・相殺・混同 | 主債務者に及ぶ(絶対効) |
敷地さんのケースの整理(残代金1,000万円・連帯保証人あり)
| 売主の打ち手 | 縄伸さん(主債務)の時効 | 保証人(保証債務)の時効 |
|---|---|---|
| 保証人に請求 | 効かない(相対効) | 効く(完成猶予) |
| 縄伸さん本人に請求 | 効く(完成猶予) | 効く(457条1項) |
| 縄伸さんの債務承認(一筆) | 効く(更新) | 効く(457条1項) |
過去問(平成15年 問7・改)正誤表
| 設問 | 論点 | 正誤 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 1 | 連帯保証人と催告の抗弁権 | 誤り(正解) | 民法454条(催告・検索の抗弁なし) |
| 2 | 普通保証人と検索の抗弁権 | 正しい | 民法453条 |
| 3 | 連帯保証人への請求と主債務の時効 | 正しい | 民法458条・441条本文(相対効) |
| 4 | 主債務者への請求等と保証債務の時効 | 正しい | 民法457条1項(付従性) |