プロローグ
平日の午前、宅建探偵事務所。こむぎちゃんが、ホワイトボードに三本の線を引いて、うんうんうなっていた。
3人で分けようねって山盛りパンケーキ頼んで、1500円。
一人500円のはずでした。
もう一人も財布忘れたって言い出して。
結局、私が1500円まるっと払うハメになったんです。
3人で頼んだのに、なんで私一人が全額払わなくちゃいけないんですか!
まあ、払ってしもたもんはしゃあない。
あとで逃げた二人から500円ずつ回収したらええだけの話やん。
もう一人は連絡つかなくて。
回収、難航してます。
まあ、粘って取り立てるしかないわ。
そんなやりとりをしていると、事務所のドアが開いた。入ってきたのは、丸山ハウジング不動産部門の営業、南向壱星さん。こむぎちゃんが顔を上げて手を振ると、壱星さんの表情が少しだけ緩んだ。
ちょっと、仕事で頭が痛い案件がありまして…相談させてください。
ええで、座り。
今日はどないした。
今日の事件
銀行からの借入も三人で連帯して負担する、いわゆる連帯債務で。
ところが最近、そのうちの一人がずっと連絡つかなくなってしまって。
夜逃げか。
事業がうまくいかなくて、体調も崩して、実家のほうに引っ込んじゃったみたいで。
連絡先も変わっていて。
それで、残った二人のお客さんが心配してるんです。
「あいつの分、時効になったら、俺たちの借金も減るのか?」って。
むしろ全額あいつの分まで背負わされるんじゃないか、って不安がってる方もいて、僕もうまく答えられなくて。
こむぎちゃんが、ホワイトボードの三本線を見ながらつぶやいた。
さっきの私のパンケーキの話と似てますね!
一人いなくなって、残った人がどうなるかっていう。
まさにそこや。連帯債務の「一人に起きたことが、他の人にどこまで影響するか」って話やねん。
ちょうどええ過去問があるで。
平成29年の問8。
今日の相談ごとが、この一問にまるごと詰まっとる。
登記田が引き出しから取り出したのは、こんな問題だった。
A、B、Cの3人がDに対して900万円の連帯債務を負っている場合に関する次の記述のうち、民法の規定及び判例によれば、正しいものはどれか。なお、A、B、Cの負担部分は等しいものとする。
- DがAに対して履行の請求をした場合、B及びCがそのことを知らなければ、B及びCについては、その効力が生じない。
- Aが、Dに対する債務と、Dに対して有する200万円の債権を対当額で相殺する旨の意思表示をDにした場合、B及びCのDに対する連帯債務も200万円が消滅する。
- Bのために時効が完成した場合、A及びCのDに対する連帯債務も時効によって全部消滅する。
- CがDに対して100万円を弁済した場合は、Cの負担部分の範囲内であるから、Cは、A及びBに対して求償することはできない。
(平成29年 問8)
ほな、そこから攻めていこか。
推理① ―― 一人だけ時効になっても、残りは減らない
壱星さんのお客さんが一番気にしている、設問3から見ていこう。
- Bのために時効が完成した場合、A及びCのDに対する連帯債務も時効によって全部消滅する。
これは誤りや。
そもそも「連帯債務」ってなんだろう。やさしく言えば、何人かが「それぞれ全額を払う義務」を負っている状態のこと。900万円の連帯債務なら、A・B・Cの三人それぞれが「900万円まるごと払え」と言われる立場にある。三人で300万円ずつ、ではない。債権者Dは、誰か一人をつかまえて900万円全部を請求してもいい。
こむぎちゃんが3人で頼んだパンケーキの代金を一人で全額払わされたのと、構造は同じだ。「3人で頼んだのに一人が全額」は、連帯債務の世界ではむしろ当たり前なのである。
その代わり、三人の内部では「負担部分」が決まっている。この問題では三人均等だから、本当に負担すべきは一人300万円ずつ。誰かが立て替えて多く払ったら、あとで他の人に「あなたの分だ」と請求できる。これが求償だ(詳しくは推理③で)。
さて本題。連帯債務者の一人に起きた出来事が、他の連帯債務者にも影響することを、試験用語で絶対効(絶対的効力)という。逆に、一人に起きても他には影響しないことを相対効(相対的効力)という。
――相対効。
つまり一人だけの話で完結して、他の人にはうつらへんのや。
第四百四十一条 第四百三十八条、第四百三十九条第一項及び前条に規定する場合を除き、連帯債務者の一人について生じた事由は、他の連帯債務者に対してその効力を生じない。
この441条が「原則は相対効ですよ」という大黒柱の条文。例外として絶対効になるものだけが、438条(更改)・439条1項(相殺)・440条(混同)に並べて書いてある。時効はこの例外リストに入っていない。だから原則どおり相対効、というわけだ。
壱星さんのお客さんに当てはめてみよう。仮に、いなくなった一人を「更地さん」、残った二人を「外構さん」「地積さん」としておく。三人で900万円の連帯債務、負担部分は300万円ずつ。
もし更地さんの分について時効が完成しても、更地さん一人がDに対する義務から外れるだけ。外構さんと地積さんは、依然として900万円の連帯債務を負ったままだ。減らない。
じゃあ「あいつの分、時効で消えたら俺たちも楽になる」っていうのは、逆なんですね。
むしろ逆に厳しなる。
更地さんが抜けたぶん、あとで更地さんに「あんたの負担分300万よこして」って求償しようにも、時効で消えとったら回収できん。
結局、外構さんと地積さんが割を食うことになるんや。
該当する例:更地さんの分だけ時効が完成 → 更地さんはDへの義務を免れるが、外構さん・地積さんは900万円を負ったまま。これが相対効。
該当しない例:もし「時効も絶対効」だったら、更地さん一人の時効で三人全員チャラ…になるはずだが、法律はそうなっていない。だから全部消滅する設問3は誤り。
推理② ―― 「請求」も、実は一人だけの話
次は設問1。ここが今回いちばんの「ひっかけ」ポイントだ。
- DがAに対して履行の請求をした場合、B及びCがそのことを知らなければ、B及びCについては、その効力が生じない。
DがAに「払え」と請求しても、その効力はBとCにはうつらへん。
請求も、時効と同じく相対効やからや。
「請求」の効力とは何か。たとえば債権者が請求すると、そこから時効の完成が先延ばしになったり(時効の完成猶予)、遅延損害金の計算が動き出したりする。その効き目が、請求された本人だけにとどまるのか、他の連帯債務者にも及ぶのか、という話だ。
具体的に。Dが外構さんだけに「払え」と請求した。その効き目は外構さんだけ。地積さん・更地さんには効力が及ばない。カギは「誰に請求したか」であって、他の二人がその請求を知っていたかどうかは、一切関係ない。
ここで設問1の文章をもう一度よく見てほしい。「B及びCがそのことを知らなければ、効力が生じない」と書いてある。これを読むと「じゃあ知っていれば効力が及ぶの?」と思いたくなるが、そうではない。知っていても効力は及ばない。相対効とは、請求を受けた本人だけに効くという意味だからだ。「知らなければ効力が生じない」という記述自体は事実として成り立つ(知っていても生じないのだから、知らなければなおさら生じない)ので、設問としては正しい。ただし「知らなければ」は結論を左右しない飾り文句、つまり誤読を誘う仕掛けだと見抜くこと。
実はこの「請求は相対効」というルール、前回の連帯保証と時効の話(第72話)でも顔を出していた。連帯保証人への請求の効力は、連帯債務のこのルールを準用して考えるからだ(民法458条→441条)。あちらを読んだ人は、話がつながって見えるはず。
相対効…と。
ここで「試験のひっかけメモ」だ。
【試験のひっかけメモ/改正前後で結論が変わる論点】 実は、2020年3月までの旧民法では、履行の請求は「絶対効」だった。一人に請求すれば全員に効力が及んだのだ。ところが2020年4月施行の改正民法で、請求は相対効に変更された。 つまりこの設問1、改正前なら「誤り」、改正後なら「正しい」と、正解がひっくり返る。古い過去問集や古い解説を見ていると、逆の結論を覚えてしまう危険がある。連帯債務で「請求・免除・時効」が出てきたら、まず「今は相対効」と押さえること。 もう一点。設問中の「知らなければ」は結論に影響しない飾り文句。相対効は知る・知らないに関係なく、請求を受けた本人にしか効かない。「知っていれば効力が及ぶ」と読ませるのが出題側の狙いなので、惑わされないこと。
改正で「請求・免除・時効」の三つが絶対効から相対効に落ちた。
ここは丸暗記でええから、絶対にひっくり返さんといて。
該当する例:Dが外構さんだけに請求 → 効力は外構さんだけ。地積さん・更地さんには、知っていようが知るまいが効力は及ばない(相対効)。
該当しない例:Dが「地積さんにも効力を及ぼしたい」なら、地積さんにも別途請求するか、あらかじめ「請求は全員に効く」と特約しておく必要がある(441条ただし書きで、当事者が別段の意思を表示すれば絶対効にできる)。何もしなければ、他の人には効かない。
推理③ ―― もしこうだったら(相殺は全員に効く/求償はいつでもできる)
軸ではないが、残る設問2と設問4も、実務でよく出くわす場面なので「もしもこの場合だったら」で押さえておこう。
もし、いなくなる前の更地さんがDにお金を貸していたら?(設問2・相殺)
- Aが、Dに対する債務と、Dに対して有する200万円の債権を対当額で相殺する旨の意思表示をDにした場合、B及びCのDに対する連帯債務も200万円が消滅する。
相殺は数少ない「絶対効」の一つやからな。
仮に更地さんがDに200万円を貸していたとする。更地さんが「僕のDへの借金と、Dへの貸金200万円、チャラにします」と相殺すれば、その200万円分は連帯債務全体から消える。外構さん・地積さんの負う900万円も、700万円に減る。
第四百三十九条 連帯債務者の一人が債権者に対して債権を有する場合において、その連帯債務者が相殺を援用したときは、債権は、全ての連帯債務者の利益のために消滅する。
これは実際にお金が支払われたのと同じ効果があるので、全員のために消滅させるのが公平、という理屈だ。
該当する例:更地さんが自分のDへの200万円債権で相殺 → 900万円が700万円に。全員の債務が減る(絶対効)。
該当しない例:更地さんが「相殺できるのにしない」場合。外構さんや地積さんが、更地さんに代わって勝手に相殺することはできない。できるのは「更地さんの負担部分の限度で、支払いを拒む」ことだけ(民法439条2項)。
もし、いなくなる前に更地さんが少しだけ払っていたら?(設問4・求償)
- CがDに対して100万円を弁済した場合は、Cの負担部分の範囲内であるから、Cは、A及びBに対して求償することはできない。
100万円しか払ってへんくても、ちゃんと求償できる。
ここが間違えやすい。「自分の負担部分(300万円)を超えて払わないと求償できない」と思い込みがちだが、そうではない。
第四百四十二条 連帯債務者の一人が弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得たときは、その連帯債務者は、その免責を得た額が自己の負担部分を超えるかどうかにかかわらず、(略)各自の負担部分に応じた額の求償権を有する。
条文にはっきり「負担部分を超えるかどうかにかかわらず」と書いてある。負担部分の範囲内でも、払った分は他の連帯債務者に負担割合に応じて請求できるのだ。
更地さんが100万円払ったとする。三人均等だから、その100万円のうち外構さん・地積さんが負担すべきは3分の1ずつ。更地さんは、二人にそれぞれ約33万円ずつ求償できる。
該当する例:更地さんが100万円弁済 → 外構さん・地積さんに約33万円ずつ求償できる。
該当しない例:「300万円を超えてから初めて求償できる」という考え方は、旧来の誤解。今の条文では成り立たない。
私も1500円、堂々と取り立てていいんだ。
求償はケチらず主張してええんや。
事件の結論
壱星さんのお客さんへの答えは、こうまとまる。
- いなくなった一人(更地さん)の分だけ時効が完成しても、残る二人の連帯債務は減らない(設問3=誤り)。むしろ求償で回収できなくなる分、二人が不利になる。
- Dが一人だけに請求しても、他の二人には効力が及ばない。知っていたかどうかは関係ない(設問1=正しい/改正で相対効に)。
- もし更地さんがDへの債権で相殺すれば、その分は全員の債務が減る(設問2=正しい)。
- 更地さんが少額でも払っていれば、二人に求償できる(設問4=誤り)。
過去問全体の正解は、正しいものを問う形式なので設問1と設問2。ただし本試験当時の正解番号は「2」だった。設問1は改正で「誤り→正しい」に変わったため、今の民法で解くと設問1・2の二つが正しくなる点に注意。試験本番で古い過去問を解くときは、この改正のズレを必ず頭に入れておこう。
お客さんには「一人の時効を待っても楽にはならない、むしろ早く三人で話し合って整理したほうがいい」と伝えます。
連帯債務は「全員が全額」やから、放っといて減るもんやない。
動いたほうがええ。
免除やら負担部分やら、連帯債務はまだ奥が深いけどな、それはまた今度ゆっくりやろか。
壱星さんは、メモ帳を丁寧に閉じて立ち上がった。
こむぎちゃんのパンケーキの例え、案外分かりやすかったです。
今度カフェ行くとき、ホワイトボード持って教えてあげますよ。
でも、カフェは、その…はい。
ぜひ。
壱星さんは少し早口でそう言うと、ぺこりと頭を下げて出ていった。その背中を見送りながら、登記田は窓の外を見て、ふっと苦笑した。
ほんで誘った当人は、なーんも気づいてへん。
……まあ、ええか。
今回のまとめ
連帯債務のキモは、絶対効と相対効の見分けに尽きる。
- 絶対効(一人の出来事が全員に効く)……更改・相殺・混同。この三つだけ。
- 相対効(一人だけの話で終わる)……請求・免除・時効、その他ほとんど全部。原則は相対効(民441条)。
2020年改正で「請求・免除・時効」が絶対効から相対効に移った。ここが最頻出のひっかけ。「ゼッコウ(絶対効)は更改・相殺・混同の三つだけ」と覚えてしまうのがおすすめだ。
そして求償は、負担部分を超えなくてもできる(民442条1項)。少しでも払ったら主張していい。
【平成29年 問8 正誤表】
| 設問 | 内容 | 正誤 |
|---|---|---|
| 1 | 請求は、知らない他の債務者には効力が生じない | ○(改正で相対効に) |
| 2 | 一人が相殺すれば、その分だけ全員の債務が消える | ○ |
| 3 | 一人の時効完成で、全員の債務が全部消滅する | ×(時効は相対効) |
| 4 | 負担部分の範囲内の弁済では求償できない | ×(超えなくても求償可) |
さて、教訓がまとまったところで――