プロローグ
昨日、友達とダーツ対決したんですよ!
金額は2,000円までって決めてたのに、私が負けたら友達が5,000円のパフェを注文して!
「罰ゲームなんだから金額なんて関係ないでしょ」って言うんですよ!
2,000円って最初に決めたのに!
まあ、友達同士のことやから話し合いで解決しなさい。
そのとき、事務所のドアがノックされた。入ってきたのは南向壱星だった。いつものメモ帳を手に持っている。
いらっしゃい!
壱星はこむぎちゃんに迎えられ、一瞬だけ表情が緩んだ。すぐにメモ帳を開き、真剣な顔に戻る。
会社の先輩が担当しているお客さんの件で、ちょっと整理できないことがありまして。
どんな案件や。
代金5,000万円、手付300万円、違約金1,000万円という内容で。
建蔽さんは手付を支払ったんですが、その後に資金計画が崩れて、残代金を支払えなくなってしまいまして。
契約はしたけど、お金が用意できんくなったと。
建蔽さんは「実際の損害は1,000万円もないはずだから、違約金を減額してほしい」と言っていて。
先輩もどう答えればいいか困っているんです。
これ、さっきの私のダーツの話と似てますね!
最初に金額を決めたのに、あとから変えられるのかっていう……!
「あらかじめ決めた金額」を、後から動かせるのかどうか。
今日はこの話を中心に、損害賠償のルールを整理していこか。
推理①:違約金は動かせない——損害賠償額の予定(民法420条)
結論から言うと、それはできへん。
でも、なぜでしょう?
まず、損害賠償の基本から。民法416条1項は、債務不履行による損害賠償の範囲は「通常生ずべき損害」と定めとる。
そして同条2項で、特別の事情による損害は、当事者がその事情を予見すべきであったときに限り賠償範囲に含まれるとしとる。
裁判で「いくら損をした」と証明するのは時間もコストもかかる。
そこで民法420条が損害賠償額の予定という制度を用意しとる。
そして民法420条3項で、違約金は損害賠償額の予定と推定されると規定されとる。
建蔽さんと地目さんの契約では違約金1,000万円の定めがあるから、これは損害賠償額の予定と推定されるわけや。
民法420条1項後段にはこうある。
損害賠償の額を予定した場合、裁判所はその額を増減することができない。
つまり建蔽さんが「実際の損害は500万円しかない」と立証しても、予定額の1,000万円がそのまま適用される。
逆に、地目さんの実損が1,500万円あっても、請求できるのは1,000万円までや。
双方にとって「決めた額で確定」ということですか。
だから建蔽さんの主張は通らへん。
先輩にはそう伝えてあげ。
該当する例: 違約金1,000万円の定めがある契約で債務不履行が生じた場合、実際の損害が500万円であっても、違約金1,000万円を支払う必要がある(民法420条1項)。
該当しない例: 「実際の損害額が違約金より少ないことを立証すれば、違約金の減額を裁判所に求められる」は誤り。損害賠償額の予定がある場合、裁判所はその額を増減できない。
推理②:金銭債務は言い訳が通らない——金銭債務の特則(民法419条)
建蔽さんは「融資先の都合で資金調達ができなかった。自分の責任ではない」と言っているんです。
不可抗力なら免責されることもあるんですか?
通常の債務不履行なら、債務者に帰責事由がなければ損害賠償責任を免れる場合がある。
また、過失相殺(民法418条)といって、債権者にも過失があれば裁判所がそれを考慮して賠償額を決めることもある。
民法419条に定められとる。ポイントは3つ。
金銭債務の不履行による損害賠償は、法定利率によるのが原則。
ただし約定利率が法定利率を超えるときは約定利率が適用される(民法419条1項)。
債権者は損害の証明をする必要がない(民法419条2項)。
通常の損害賠償では「いくら損をしたか」を証明せなあかんが、金銭債務では不要や。
これが一番大事。
不可抗力をもって抗弁とすることができない(民法419条3項)。
金銭はこの世のどこかに必ず存在する。
やから「手に入らなかった」という言い訳は通らへんのや。
お金を払う約束をした以上、「払えなかったのは自分のせいやない」という主張は金銭債務では認められへん。
建蔽さんにとっては厳しいけど、法律上はそういう結論になる。
……ただ、ちょっと気になるな。
「融資先の都合」っていうのは、具体的にはどういう状況なんや?
該当する例: 金銭債務の債務者は、不可抗力によって支払いができなかったとしても、損害賠償責任を免れない(民法419条3項)。損害の証明も不要(同条2項)。
該当しない例: 「金銭債務の不履行について、債務者に帰責事由がなければ損害賠償責任を負わない」は誤り。金銭債務では不可抗力すら抗弁にならない。
推理③:実はローンが通らなかった——解除と原状回復の整理
かなり厳しい状況やな。
建蔽さんの「資金計画が崩れた」というのは、具体的には住宅ローンの審査が通らなかったことが原因だったんです。
それ、最初に言わなあかん情報やで。
契約書にローン条項は入っとるか?
壱星はメモ帳をめくり直した。
「ローンが某日までに成立しないとき、契約は解除される」という条項が入っています。
そして、ローンが成立しなかったのはその期日より前です。
その条項は解除条件付きの特約や。
ローンが期日までに成立しないという条件が成就した時点で、契約は当然に効力を失う。
建蔽さんが解除の意思表示をする必要もないで。
これは「当事者の債務不履行による解除」とはまったく違う。
ローン条項が適用される場合、建蔽さんに債務不履行の責任は生じない。
やから違約金1,000万円を払う必要もないし、損害賠償の話にもならへん。
じゃあ建蔽さん、助かるんですか!?
手付300万円も原状回復として返還される。
白紙に戻るわけやな。
でも登記田さん、ここで確認しておきたいことがあります。
仮にローン条項がなくて、建蔽さんの債務不履行として処理される場合、手付や中間金はどうなるんですか?
整理しよか。
まず手付解除の場合。
手付解除ができるのは「相手方が」履行に着手するまでや(民法557条1項)。
建蔽さんが中間金を払っていても、それは自分が着手しただけ。
相手方の地目さんが着手していなければ、建蔽さんは手付を放棄して解除できる。
中間金は原状回復として返還されるで。
これは手付解除とはまったく別の制度や。
債務不履行で解除された場合、解除の効果として原状回復義務が生じる(民法545条1項)。
手付300万円は原状回復として建蔽さんに返還される。
手付が没収されるわけやない。
てっきり取られるものだと……。
債務不履行解除では手付は返還される。
ただし別途、違約金1,000万円の支払義務がある。
返還される手付300万円と、支払う違約金1,000万円はまったく別の話や。
手付はそのまま返ってくる。
先輩にはまずローン条項の適用をちゃんと確認するよう伝えてあげ。
該当する例: 「ローンが某日までに成立しないとき契約は解除される」旨のローン条項がある場合、ローンが期日までに成立しなければ、買主の意思表示がなくても契約は当然に効力を失う。手付は原状回復として返還される。
該当しない例: 「債務不履行で解除されたら手付は没収される」は誤り。手付の没収(放棄)は手付解除の効果であり、債務不履行解除では原状回復として返還される。ローン条項による白紙解除の場合も手付は返還される。
事件の結論
今日は建蔽さんの案件を通じて、4つのポイントを押さえた。
違約金は損害賠償額の予定と推定され、予定した以上、裁判所はその額を増減できない。
金銭債務は不可抗力でも免責されへん。
損害の証明も不要。
手付解除と債務不履行解除は別制度。
手付解除なら手付を放棄して中間金は原状回復で返還。
債務不履行解除なら手付は原状回復で返還されるが、別途違約金を支払う。
条件が成就すれば契約は当然に効力を失い、違約金も損害賠償も発生せず、手付も返還される。
最初から事情をちゃんと聞いておけば、もっと早く結論が出とったんやけどな。
先輩にも「事実関係を正確に確認することが一番大事」と伝えます。
法律の知識を使う前に、まず事実をちゃんと把握する。
実務でも試験でも、一番大事なことや。
壱星はメモ帳を丁寧に閉じ、立ち上がった。帰り際、こむぎちゃんに少し名残惜しそうに会釈してから事務所を出ていった。
試験のひっかけメモ
- 違約金は損害賠償額の予定と推定される(民法420条3項): 実際の損害が違約金より少なくても多くても、裁判所は予定額を増減できない。「立証すれば減額できる」は誤り
- 金銭債務の不履行は不可抗力でも免責されない(民法419条3項): 損害の証明も不要(同条2項)。法定利率による損害賠償が原則で、約定利率が高ければ約定利率
- 手付解除は「相手方が」履行に着手するまで(民法557条1項): 自分が中間金を支払っていても、相手方が着手していなければ手付解除可能。中間金は原状回復として返還
- 債務不履行解除と手付解除は別制度: 債務不履行で解除された場合、手付は原状回復として返還される。違約金(損害賠償額の予定)の支払義務とは別の処理
- ローン条項は解除条件: 条件成就で当然に契約は効力を失い、解除の意思表示は不要
締め:こむぎちゃんの1行まとめ
つまり、最初に金額を決めたら変えられないし、お金の話は言い訳が通らないけど、ローン条項があれば助かるってことですね!
ということは、私も友達に「ダーツの罰ゲーム2,000円」って決めた以上、友達は5,000円のパフェを頼めない!
しかも、もし私のお財布が空っぽでも不可抗力は通用しない……。
あっ、じゃあ今度から「お財布にお金が入っていなかったとき、罰ゲームは解除される」っていうローン条項を付けます!
正確に言うで!!
損害賠償額の予定をした場合は裁判所もその額を増減できない(民法420条1項)!
違約金は損害賠償額の予定と推定される(同条3項)!
金銭債務は不可抗力でも免責されへん(民法419条3項)!
ローン条項は解除条件で条件成就すれば契約は当然に効力を失う!
手付解除と債務不履行解除は別制度で、債務不履行解除なら手付は原状回復として返還される(民法545条1項)!
今回のまとめ
損害賠償額の予定(民法420条)は、当事者があらかじめ損害賠償の額を定めておく制度であり、違約金は損害賠償額の予定と推定される(同条3項)。予定額が定められた場合、裁判所はその額を増減することができない。金銭債務の特則(民法419条)により、金銭債務の不履行は不可抗力でも免責されず、損害の証明も不要。ただし、ローン条項(解除条件)がある場合は条件成就により契約が当然に効力を失い、債務不履行の問題にはならない。手付解除と債務不履行による解除は別の制度であり、それぞれ手付・中間金の扱いが異なる。
①損害賠償額の予定(民法420条): 違約金は損害賠償額の予定と推定される。裁判所は予定額を増減できない。実損の多寡にかかわらず予定額がそのまま適用される。
②金銭債務の特則(民法419条): 不可抗力でも免責されない。損害の証明は不要。賠償額は法定利率(約定利率が高ければ約定利率)による。
③ローン条項(解除条件): ローンが期日までに成立しなければ契約は当然に効力を失う。意思表示不要。違約金・損害賠償は発生せず、手付は返還される。
④手付解除と債務不履行解除の比較(民法557条・545条): 手付解除は手付放棄で解除。債務不履行解除は手付が原状回復として返還され、違約金は別途支払う。
| 項目 | ローン条項による白紙解除 | 手付解除 | 債務不履行解除 |
|---|---|---|---|
| 意思表示 | 不要(当然に効力を失う) | 必要 | 必要 |
| 手付の扱い | 返還 | 買主が放棄 | 原状回復として返還 |
| 違約金・損害賠償 | 発生しない | できない | 違約金の支払義務あり |
| 中間金 | 返還 | 原状回復として返還 | 原状回復として返還 |
| 項目 | 通常の債務不履行 | 金銭債務 |
|---|---|---|
| 免責事由 | 帰責事由がなければ免責 | 不可抗力でも免責されない |
| 損害の証明 | 必要 | 不要 |
| 賠償額 | 実損額(民法416条) | 法定利率(約定利率が高ければ約定利率) |
| 過失相殺 | あり(民法418条) | 実質的に問題にならない |