プロローグ
昼下がりの宅建探偵事務所。こむぎちゃんが、スマホの画面をにこにこ眺めながら登記田に話しかけてきた。
わたし先月から、近所の喫茶店の月額パスに入ったんです。
三千円払えば、その月は何杯コーヒーを飲んでもいいっていう、夢みたいなプランで。
朝に一杯、午後にもう一杯、夕方にまた一杯。
何回飲んでも、その都度お金を払わなくていいんですよ。
飲んでは空にして、また注いでもらって。
出たり入ったりが自由自在なんです。
ほんで、いくらでも飲めるんか。
一日五杯まで、って書いてあって。
でもわたし、そんなに飲めないので実質飲み放題です。
三千円の枠の中で、好きなだけ出し入れできるって、すごく得した気分になります。
まあ、自分が満足しとるならええことや。
そこへ、丸山ハウジングの若手営業・南向壱星が、分厚いファイルを抱えて入ってきた。こむぎちゃんに迎えられると、壱星の表情が少しだけ緩んだ。
先輩の畝井さんから引き継いだお客さんのことで、どうしても腑に落ちないところがあって……
お知恵を貸してください。
今日の事件:平成23年 問4
商事会社で、取引銀行から事業の運転資金を、何度も借りたり返したりしているそうで。
壱星が説明した経緯はこうだ。知多川商事の社長・知多川さんは、メインバンクであるあかつき銀行から、仕入れの時期になるとお金を借り、売上が立つと返す、という借入れと返済を繰り返している。そのたびに抵当権を設定し直すのは手間なので、会社所有の甲土地に極度額3,000万円の根抵当権を一本だけ設定し、登記もしてある、という。
普通の抵当権とごっちゃになるんです。
質問はこうです。
ひとつ、極度額って後から変えられるんですか。
ふたつ、元本がいつ確定するかの期日って、決めてなかったらどうなるんですか。
みっつ、いつまでも確定しないと困る場合、設定者の側から確定させられるんですか。
よっつ、銀行がこの取引で生じた債権を誰かに譲ったら、その譲り受けた人は、この根抵当権を使えるんですか。
三千円の枠の中で、何杯でも出し入れできるって話、さっきしましたよね。
借りたり返したりを繰り返すのって、飲んでは注いでもらうのと同じじゃないですか?
根抵当権っちゅうのは、まさにその「枠」の担保や。ちょうどええ過去問があるで。
平成23年の問4。
根抵当権の基本が、まるごと詰まっとる。
AがBに対する貸付金債権を担保するためにB所有の甲土地に第一順位の根抵当権(極度額3,000万円)の設定を受け、その旨の登記がなされた場合に関する次の記述のうち、民法の規定及び判例によれば、誤っているものはどれか。
- 根抵当権の極度額は、当事者の合意によって変更することができるが、利害関係を有する者の承諾を得なければならない。
- 根抵当権の担保すべき元本については、根抵当権者と設定者との間でその確定すべき期日の定めをしなかった場合には、根抵当権者は、担保すべき元本の確定すべき期日の定めをすることができる。
- 根抵当権の担保すべき元本の確定すべき期日の定めがない場合には、設定者は、根抵当権の設定の時から3年を経過したときは、担保すべき元本の確定を請求することができ、その請求の時から2週間を経過することによって担保すべき元本は確定する。
- 根抵当権設定者が法人である場合に、その被担保債権の範囲に含まれる債権を取得した者は、その債権について根抵当権を行使することができる。
まずは根抵当権そのものが何なんか、そこから攻めていこか。
推理①:根抵当権は“枠”の担保──普通の抵当権と何が違う?
普通の抵当権とどう違うのか、そこからあやふやで。
まず普通の抵当権から思い出してみよか。
登記田はホワイトボードに二つの図を描いた。普通の抵当権は、たとえば「あかつき銀行が知多川さんに3,000万円を貸した」という、特定の1本の借金を担保するものだ。この借金を全部返せば、抵当権は役目を終えて消える。借金という幹があって、その幹にぶら下がる枝が抵当権、という関係である。
ところが根抵当権は違う。やさしく言えば、**「これくらいの金額までなら、何度貸し借りしても、まとめて担保しておくよ」という“枠”**のことだ。試験用語でいうと、一定の範囲に属する不特定の債権を、極度額を限度として担保する担保物権(民法398条の2)である。
これを普通の抵当権でやったら、借りるたびに抵当権を設定して、返すたびに抹消して……
ともう大変や。
せやから「3,000万円の枠」を一本だけ用意しといて、その枠の中なら何回出し入れしてもええ、としたのが根抵当権なんや。
三千円の枠を一回作っておけば、あとは何杯でも自由。
極度額3,000万円が「枠」、その中で繰り返す借入れが「コーヒーのおかわり」っちゅうわけや。
ここで一番大事なポイントが出てくる。普通の抵当権には付従性と随伴性という性質がある。付従性とは「借金が消えれば抵当権も消える」、随伴性とは「借金が他人に移れば抵当権もついて移る」という性質だ。ところが根抵当権は、元本が確定するまでは、この付従性も随伴性も働かない。
枠の中の借金が一回ゼロになっても、根抵当権は消えへん。
また次に借りるための枠として残っとる。
借金が消えたら担保も消える、っちゅう普通の抵当権の感覚で考えたら、根抵当権は絶対に解けへんで。
該当する例: 知多川さんがある月に枠いっぱいまで借り、翌月に全額返済した。借金は一時ゼロになるが、根抵当権は消えず、次の借入れのための枠として残り続ける。
該当しない例: 普通の抵当権で3,000万円を借り、全額返済した。この場合は付従性が働き、抵当権は消滅する。根抵当権とはここが決定的に違う。
推理②:元本確定の仕組み──期日を決めなかったらどうなる?(設問2・設問3)
確定すると何が変わるんですか。
「確定」っちゅうのはな、枠の出し入れを締め切る瞬間のことや。
元本の確定とは、ある時点で「もう新しい借入れはこの枠に入れない、今ある借金で金額を打ち止めにする」と区切ることをいう。確定すると、その時点での借金の額に根抵当権の担保する範囲が固まり、ここからは普通の抵当権とほぼ同じように扱われる。コーヒーの例なら、「今月のおかわりはここまで、精算しましょう」と締めるイメージだ。
この確定の「期日」は、当事者が決めておくこともできる。では、決めなかった場合はどうか。
- 根抵当権の担保すべき元本については、根抵当権者と設定者との間でその確定すべき期日の定めをしなかった場合には、根抵当権者は、担保すべき元本の確定すべき期日の定めをすることができる。
確定期日を最初に決めてへんかっても、後から定めることができる(民法398条の6)。
せやから設問2の記述は正しい。
問題は、いつまでたっても確定期日が定められないケースだ。これでは設定者である知多川さんが、いつまでも根抵当権に縛られたままになってしまう。そこで設定者を救う仕組みがある。
- 根抵当権の担保すべき元本の確定すべき期日の定めがない場合には、設定者は、根抵当権の設定の時から3年を経過したときは、担保すべき元本の確定を請求することができ、その請求の時から2週間を経過することによって担保すべき元本は確定する。
確定期日の定めがないとき、設定者は設定のときから3年たてば元本の確定を請求できる。
そして請求から2週間たつと元本が確定する(民法398条の19第1項)。
設問3の記述も、数字までぴったり正しい。
ここで対比をひとつ。設定者の側ではなく、根抵当権者(銀行)の側からの確定請求は扱いが違う。根抵当権者からはいつでも確定を請求でき、しかもその場合は請求のときに直ちに確定する(民法398条の19第2項)。設定者側のような「3年待つ」「2週間待つ」という縛りはない。
「3年」「2週間」がつくのは設定者から請求する場合。
銀行側から請求するときは、いつでも・即確定。
誰が請求しとるのかを必ず見るんやで。
該当する例: 確定期日の定めがなく、設定から3年経過後に知多川さんが確定を請求。請求から2週間で元本が確定する(設問3のとおり)。
該当しない例: あかつき銀行の側から確定を請求するケース。こちらは3年や2週間を待つ必要がなく、請求時に直ちに確定する。設問3の枠組みとは別物。
推理③:確定前は随伴しない──債権を譲り受けても根抵当権は使えない(設問4)
銀行がこの取引で生じた債権を、誰か別の人に譲ったとします。
その譲り受けた人は、この根抵当権を使って回収できるんでしょうか。
- 根抵当権設定者が法人である場合に、その被担保債権の範囲に含まれる債権を取得した者は、その債権について根抵当権を行使することができる。
設問4をよう見てみい。
「根抵当権を行使することができる」と書いてある。
──ここが誤りや。
思い出してほしい。推理①でやった、根抵当権の心臓部だ。元本が確定するまでは、随伴性が働かない。随伴性とは「借金が他人に移れば担保もついて移る」という性質だった。
確定前の根抵当権は、特定の1本の借金にくっついているのではなく、「枠」として独立して存在している。だから、枠の中にある個別の債権をひとつ譲り受けたとしても、根抵当権そのものはその債権についていかない。譲り受けた人は、その債権について根抵当権を行使することはできない(民法398条の7第1項)。
月額パスの枠は知多川さん(と銀行)のもんや。
誰かが「今日のコーヒー1杯分の権利」をもらったからって、その人が月額パスの枠ごと使えるようにはならへんやろ。
1杯は1杯、枠は枠。
これが「随伴性がない」っちゅうことや。
そしてもう一つ、この設問の巧妙なひっかけがある。冒頭の「根抵当権設定者が法人である場合に」という条件だ。
法人だと何か変わるのかなと思って、そこで止まってしまって。
設定者が法人やろうが個人やろうが、確定前に随伴性がないことは変わらへん。
「法人なら使える」みたいな例外はないんや。
もっともらしい条件をくっつけて、読み手を惑わせとるだけ。
条件に気を取られて、肝心の「確定前は随伴しない」を見落としたら負けや。
該当する例: 元本が確定した後であれば、根抵当権は普通の抵当権と同じように扱われ、確定後に債権を譲り受けた者は随伴性によって根抵当権を行使できる。
該当しない例: 元本が確定する前に、枠の中の個別債権を譲り受けた者。随伴性がないため、その債権について根抵当権を行使することはできない(設問4が誤りとされる理由)。
推理④:極度額の変更には承諾が必要──「範囲・債務者の変更」と混同しない(設問1)
残った設問1も、ここで押さえておこう。
- 根抵当権の極度額は、当事者の合意によって変更することができるが、利害関係を有する者の承諾を得なければならない。
ただし利害関係者の承諾が必要や(民法398条の5)。
設問1の記述は正しい。
なぜ承諾が要るのか。極度額は、後順位の抵当権者などにとって死活問題だからだ。たとえば甲土地に、あかつき銀行の3,000万円の根抵当権の後ろに、別の銀行が2番抵当権をつけているとする。もし知多川さんとあかつき銀行が勝手に極度額を5,000万円に増やしたら、後ろの2番抵当権者の取り分が一気に減ってしまう。だから利害関係者の承諾なしには変えられない。
極度額の変更は承諾が要る。
けどな、担保すべき債権の範囲の変更や、債務者の変更は、確定前やったら後順位抵当権者その他の第三者の承諾は要らへん(民法398条の4)。
理由はこうや。
極度額は「枠の天井の高さ」やから、上げ下げされたら後ろの抵当権者の取り分にもろに響く。
せやから承諾が要る。
一方で、範囲や債務者を変えても、天井の高さである極度額そのものは動かへん。
後ろの抵当権者からしたら、3,000万円の枠が3,000万円のままなら、中身が誰の何の債権でも痛くも痒くもない。
せやから承諾は要らんのや。
該当する例: 極度額を3,000万円から4,000万円に変更する。枠の天井が上がり後順位者に影響するため、利害関係者の承諾が必要(設問1のとおり)。
該当しない例: 確定前に担保すべき債権の範囲や債務者を変更する。極度額の天井は動かないため、後順位抵当権者その他の第三者の承諾は不要。設問1の「承諾が必要」は極度額の話に限った話だと押さえる。
事件の結論
今日の事件は「誤っているものはどれか」やから、間違っとる設問を1つ見つけたら、それが正解や。
設問1──極度額の変更は当事者の合意でできるが、利害関係者の承諾が必要。記述のとおりで正しい(民法398条の5)。
設問2──確定期日を定めなかった場合でも、後から定めることができる。記述のとおりで正しい(民法398条の6)。
設問3──確定期日の定めがないとき、設定者は設定から3年経過後に確定を請求でき、請求から2週間で元本が確定する。数字まで含めて記述のとおりで正しい(民法398条の19第1項)。
設問4──確定前は随伴性がないため、被担保債権の範囲に含まれる債権を取得しても、その者は根抵当権を行使できない。「行使することができる」とする本設問は誤り=本問の正解(民法398条の7第1項)。「設定者が法人である場合」という条件は結論に影響しないひっかけ。
知多川さんには、枠の中の借金は出し入れ自由でも、確定するまでは個別の債権に担保がついて回らない、と説明します。
法人かどうかは関係ない、というところもちゃんと伝えます。
根抵当権は“枠”、確定するまでは付従性も随伴性も眠っとる。
ここだけは試験会場で絶対に思い出すんやで。
今日の事件の正解は設問4や。
壱星はメモを丁寧に取り終えると、礼を言って事務所を出ていった。その背中を見送りながら、登記田がぽつりとつぶやいた。
……まあ、ええか。
試験のひっかけメモ
- 根抵当権は確定するまで付従性・随伴性がない。枠の中の借金が一時ゼロになっても根抵当権は消えない/個別債権を譲り受けても根抵当権は移らない(民法398条の7第1項)
- 「設定者が法人である場合に」のような、結論に影響しない条件をくっつけて惑わせるひっかけに注意。随伴性の有無は法人・個人で変わらない
- 元本確定請求の「3年」「2週間」は設定者から請求する場合(民法398条の19第1項)。根抵当権者の側からはいつでも請求でき、その時点で即確定(同条第2項)。請求主体を必ず確認
- 極度額の変更は利害関係者の承諾が必要(民法398条の5)。一方、確定前の債権の範囲・債務者の変更は、後順位抵当権者その他の第三者の承諾は不要(民法398条の4)。逆に覚えていると失点する
- 確定期日は最初に決めなくてよく、後から定めることもできる(民法398条の6)
締め:こむぎちゃんの1行まとめ
「根抵当権はコーヒー月額パス! 三千円の枠なら何杯でもおかわり自由だから、お友達にコーヒー1杯あげたら、そのお友達もわたしの月額パスを使い放題になる!」
──枠ごとみんなで使えるってことですね!
1杯あげたからって、月額パスごと相手のもんになるかいな!
ええか、根抵当権は極度額っちゅう“枠”の担保や。
一定範囲の不特定の債権を、極度額を限度にまとめて担保する(民法398条の2)!
ほんで一番大事なんは、元本が確定するまでは付従性も随伴性もない!
枠の中の借金が一回ゼロになっても根抵当権は消えへんし、枠の中の個別債権を誰かに譲っても、根抵当権はついて回らへん(民法398条の7)!
せやから債権を譲り受けた人が根抵当権を行使することはできへん──
設定者が法人やろうが個人やろうが関係ない!
元本確定の請求は、設定者からなら設定から3年・請求から2週間で確定、銀行からならいつでも即確定(民法398条の19)!
極度額の変更は利害関係者の承諾が要るけど、確定前の範囲や債務者の変更は第三者の承諾は要らへん(民法398条の4・の5)!
これだけは絶対に混同したらあかんで!
今回のまとめ
- 根抵当権は、一定の範囲に属する不特定の債権を、極度額を限度として担保する“枠”の担保物権(民法398条の2)。借入れと返済を繰り返す継続的取引で、いちいち設定し直す手間を省ける
- 最大のポイントは、元本が確定するまでは付従性も随伴性も働かないこと。枠の中の借金が一時ゼロでも根抵当権は消えず、個別債権を譲り受けても根抵当権は随伴しない(民法398条の7第1項)
- 元本確定期日は最初に定めなくてもよく、後から定めることもできる(民法398条の6)
- 確定期日の定めがないとき、設定者は設定から3年経過後に確定請求でき、請求から2週間で確定(民法398条の19第1項)。根抵当権者からはいつでも請求でき、請求時に即確定(同条第2項)
- 極度額の変更は利害関係者の承諾が必要(民法398条の5)。一方、確定前の債権の範囲・債務者の変更は、後順位抵当権者その他の第三者の承諾は不要(民法398条の4)
- ひっかけの定番は、結論に影響しない条件(「法人である場合に」など)を付けて随伴性の論点をぼかすパターン。条件に惑わされず「確定前か確定後か」を見る
普通の抵当権 vs 根抵当権
| 普通の抵当権 | 根抵当権(確定前) | |
|---|---|---|
| 担保する債権 | 特定の1本の債権 | 一定範囲の不特定の債権 |
| 上限 | なし(債権額そのもの) | 極度額という「枠」 |
| 付従性 | あり(債権が消えれば抵当権も消滅) | なし(借金がゼロでも消えない) |
| 随伴性 | あり(債権が移れば抵当権も移る) | なし(債権を譲り受けても移らない) |
| 借入れの繰り返し | 都度設定・抹消が必要 | 枠の中で自由に出し入れ可能 |
元本確定請求──請求する主体で扱いが違う
| 請求する人 | 必要な経過期間 | 確定する時点 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 設定者(債務者・物上保証人) | 設定から3年経過後に請求可 | 請求から2週間経過時 | 民法398条の19第1項 |
| 根抵当権者(銀行) | いつでも請求可 | 請求時に直ちに確定 | 民法398条の19第2項 |
「変更」の種類と第三者の承諾の要否
| 変更の対象 | 第三者(後順位抵当権者等)の承諾 | 根拠 |
|---|---|---|
| 極度額の変更 | 必要 | 民法398条の5 |
| 債権の範囲の変更(確定前) | 不要 | 民法398条の4 |
| 債務者の変更(確定前) | 不要 | 民法398条の4 |
平成23年問4 正誤表(誤っているものはどれか)
| 設問 | 論点 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 1 | 極度額の変更には利害関係者の承諾が必要 | ◯(正しい) | 民法398条の5 |
| 2 | 確定期日を定めなかった場合、後から定められる | ◯(正しい) | 民法398条の6 |
| 3 | 設定者は設定から3年経過後に確定請求、請求から2週間で確定 | ◯(正しい) | 民法398条の19第1項 |
| 4 | 確定前に被担保債権の範囲の債権を取得した者が根抵当権を行使できる | ×=誤り(正解)。確定前は随伴性がなく行使できない。法人・個人は無関係 | 民法398条の7第1項 |
