プロローグ
フリマアプリで大変な目に遭ったんです!
出品者に連絡したら「ノークレーム・ノーリターンって書いてありますよね?」って……。
写真と違うもんが届くのはモヤモヤするやろ。
別の出品者からバッグも買ったんですけど、発送予定日を過ぎても届かなくて。
2日後に「すみません、他の人に売ってしまいました」って連絡が来たんです!
写真と違うもんが届くのも困るけど、そもそも届かへんのはもっと困る。
もう信用できません!
そのとき、事務所のドアがノックされた。入ってきたのは敷地倫太郎だった。いつもの率直な表情に、少し困惑が混じっている。
少しお時間いただけますか。
お客さんの案件で判断に迷うことがありまして。
開業準備は順調か。
ただ、実際の案件に直面すると、まだまだ知識が足りないと痛感しまして。
敷地さんは椅子に座り、手元の資料を広げた。
ところが引渡期日の前に、近隣の火災が延焼して建物が焼失してしまいました。
建物がなくなってしもたと。
棟上さんは「建物がなくなったのだから、手付解除で手付金を返してもらえますか?」と聞いてきたんですが……手付解除って、そういう場面で使うものなのかと疑問に思いまして。
別のお客さんの取引で、引き渡された建物に雨漏りがあったんです。
建物は存在しているので「履行不能」とは違う気がするんですが、どう整理すればいいのか。
これ、さっきのフリマアプリの話と似てますね!
バッグが「もう売ってしまった」っていうのは、そもそも届けられない話で、ワンピースにシミがあったのは届いたけど中身がダメだった話……!
「そもそもできなくなった」のか、「やったけど不完全だった」のか。
法律ではそれぞれ履行不能と不完全履行というんやけど、債務不履行の種類を見極めることが大事や。
順番に整理していこか。
推理①:それは「手付解除」の話ではない——手付解除と債務不履行の違い
棟上さんは「手付解除で手付金を返してもらえるか」と言うとるが、そもそも手付解除がどういう制度か、正確にわかっとるやろか。
民法557条1項に定められとる。
ただし試験で狙われるポイントが4つあるから、先に押さえとこか。
手付の金額に法律上の制限はない。
売買代金に比べて僅少であっても、手付の約定は有効や。
ただし宅建業法では代金の20%以内という制限があるから、試験では混同しやすいポイントやな。
手付解除ができるのは「相手方が」履行に着手するまでや。
ここが大事。
自分が着手しとっても、相手方がまだ着手しとらんなら解除できる。
「自分が着手したらもう解除できない」と思いがちやけど、それは誤りや。
主語を間違えると逆の結論になるということですか。
手付解除の場合、損害賠償請求はできない。
手付の放棄、または倍額の償還で清算が完結する。
たとえ相手方が手付の額を超える損害を受けとっても、その賠償は請求できへん。
売主が手付解除するには、口頭で「手付の倍額を返します」と催告するだけでは足りへん。
現実に提供しなければならない。
言うだけやなくて、実際にお金を差し出すことが必要や。
じゃあ棟上さんのケースはどうなるんですか?
棟上さんのケースは、建物が焼失して引渡しが物理的にできなくなった。
これは「当事者が自分の意思で契約をやめたい」という場面やない。
そもそも履行ができなくなったという場面や。
棟上さんの状況は履行不能の問題であって、手付解除とは別の話なんや。
手付解除の場面ではないんですね。
該当する例: 解約手付を交付した売買契約で、相手方がまだ履行に着手していない場合、買主は手付を放棄して契約を解除できる(民法557条1項)。この場合、損害賠償請求はできない。
該当しない例: 「手付の額が売買代金に比べて僅少だから手付の約定は無効」は誤り。手付の金額に法律上の制限はない(ただし宅建業法では代金の20%以内の制限がある)。
推理②:建物が燃えた——「履行不能」とは何か
1つ目の「履行遅滞」は「やればできるのに期限を過ぎてもやらない」場合。
今日の話は2つ目の履行不能や。簡単に言えば、「やりたくてもできなくなった」状態のこと。
債務の履行が、契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者はその債務の履行を請求することができない。
売主が引き渡そうにも、建物自体がもう存在しない。
だから履行不能ということですね。
建物が燃えてなくなった以上、「引き渡してくれ」と請求しても意味がない。
存在しないものは渡しようがないからな。
まず損害賠償請求について。
民法415条1項は、債務不履行による損害賠償を認めとるが、ただし書きで「その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」としとる。
ということは……。
損害賠償請求はできない。
売主のせいやない火事で建物がなくなったんやから、売主に賠償を求めることはできへん。
契約の解除ができる。
民法542条1項1号にこう書いてある。
債務の全部の履行が不能であるときは、催告をすることなく、直ちに契約を解除することができる。
売主に責任がなくても、履行不能であれば解除はできる。
損害賠償には帰責事由が必要やけど、解除には必要ない。
ここは試験で頻繁にひっかけてくるから注意や。
履行遅滞の場合は催告してから解除するのが原則ですが、履行不能は催告しても意味がないから……。
存在しない建物を「早く引き渡してくれ」と催告しても無意味やろ。
やから催告なしの無催告解除が認められとる。
手付解除やないから、手付を放棄する必要もない。
支払った手付金も含めて全額返してもらえる。
手付解除なら手付を放棄して終わりですが、履行不能による解除なら代金全額が戻ってくる。
棟上さんにはちゃんと説明してあげ。
該当する例: 売買契約の目的物である建物が引渡し前に焼失した場合、履行不能として買主は催告なしに契約を解除できる(民法542条1項1号)。売主の帰責事由は不要。
該当しない例: 「建物が焼失したから手付を放棄して解除する」は手付解除と履行不能による解除の混同。履行不能による解除では手付の放棄は不要であり、原状回復として代金全額の返還を請求できる。
推理③:届いたけど不完全——「不完全履行」と追完請求
引き渡された建物に雨漏りがあった場合。
だから履行不能ではないと思うんですが、かといって何も問題がないわけでもない。
これが債務不履行の3つ目、不完全履行や。
簡単に言えば「一応やったけど、中身が不完全だった」という場合のことや。
でも雨漏りがある。
雨漏りのない建物を引き渡すのが契約の内容やから、引き渡されたものが契約に適合していないことになる。
現在の民法ではこれを契約不適合として整理しとる。
そして不完全履行(契約不適合)の場合、買主には4つの権利が認められとる。
これが一番の基本や。
買主は売主に対して、目的物の修補、代替物の引渡し、または不足分の引渡しを請求できる。
雨漏りの場合やったら、修補——つまり雨漏りを直してくれと請求できるわけや。
次に②代金減額請求(民法563条)。
追完の催告をして、相当の期間内に追完がない場合に、不適合の程度に応じて代金の減額を請求できる。
追完が先で、それがダメなら減額という順序やな。
売主に帰責事由がある場合に請求できる。
そして④契約の解除(民法541条・542条)。
不適合の程度が重大な場合に解除も認められる。
買主に帰責事由がある場合は、追完請求も代金減額請求もできない(民法562条2項・563条3項)。
買主自身が原因を作った不適合について売主に責任を追及するのは筋が通らへんからな。
ここが大きな違いですね。
履行不能=もうできない→履行の請求自体ができない。
不完全履行=やったけど不完全→追完請求で「完全にしてくれ」と言える。
この違いを押さえとけば、試験で迷うことはないはずや。
該当する例: 引き渡された建物に雨漏りがある場合、買主は売主に対して修補を請求できる(追完請求、民法562条1項)。これは不完全履行(契約不適合)への対応。
該当しない例: 「引き渡された建物に雨漏りがあるから履行不能だ」は誤り。建物は引き渡されており履行自体は行われている。履行の内容が契約に適合していないのだから、不完全履行(契約不適合)の問題。
事件の結論
今日は3つの制度の違いを押さえた。
これは「当事者の意思で契約から手を引きたい」ときの制度や。
買主は手付を放棄、売主は手付の倍額を現実に提供して解除できる。
相手方が履行に着手するまでが期限で、損害賠償請求はできへん。
棟上さんのケースはこれとは別の話や。
建物が焼失して引渡しができなくなった棟上さんのケースがこれ。
催告なしに解除できる(民法542条1項1号)。
帰責事由がなくても解除は可能やけど、損害賠償は帰責事由がないと請求できへん。
棟上さんは契約を解除して、代金全額の返還を請求できる。
雨漏りのある建物が引き渡されたケースがこれ。
追完請求(民法562条)で修補を求めるのが基本。
追完がなければ代金減額請求(民法563条)、帰責事由があれば損害賠償、重大な不適合なら解除もできる。
棟上さんには手付解除ではなく履行不能による解除を案内します。
雨漏りの件は追完請求で対応しますね。
実務では色々なケースが出てくるけど、「できない話」なのか「不完全な話」なのか「やめたい話」なのか、まず分類するクセをつけとくと判断が早くなるで。
敷地さんは資料をまとめて立ち上がり、しっかりした足取りで事務所を後にした。
試験のひっかけメモ
- 手付の額に法律上の制限はない(民法557条): 僅少でも有効。ただし宅建業法では代金の20%以内という制限がある(宅建業法39条1項)ので混同に注意
- 手付解除は「相手方が」履行に着手するまで: 自分が着手していても、相手方が着手していなければ手付解除可能。「自分が着手したら解除できない」は誤り
- 手付解除では損害賠償請求できない: 手付の放棄(または倍額償還)で清算が完結する。手付の額を超える損害があっても賠償請求は不可
- 履行不能は催告なしに解除できる(民法542条1項1号): 帰責事由の有無は解除の要件ではない。帰責事由がなくても解除は可能(損害賠償は帰責事由が必要)
- 不完全履行(契約不適合)では追完請求が第一の手段(民法562条): 修補・代替物・不足分の引渡しを請求できる。ただし買主に帰責事由がある場合は追完請求できない(562条2項)
締め:こむぎちゃんの1行まとめ
つまり、届かなかったら「履行不能」で、届いたけどダメだったら「不完全履行」ってことですね!
そう考えると、フリマで私のバッグが届かなかったのは履行不能だから催告なしに解除できる!
ワンピースのシミは不完全履行だから追完請求で……出品者に「シミのないワンピースをもう1枚送ってください!
民法562条です!」って言えばいい!
正確に言うで!!
履行不能は債務の履行が不能になったとき(民法412条の2)!
催告なしに解除できる(民法542条1項1号)!
帰責事由があれば損害賠償も請求できるけど帰責事由がなければ損害賠償はできへん(民法415条1項ただし書き)!
不完全履行は契約不適合として追完請求(民法562条)・代金減額請求(民法563条)・損害賠償・解除ができる!
手付解除は履行不能とは別の制度で手付の放棄か倍額の現実の提供で解除するもんや(民法557条1項)!
今回のまとめ
債務不履行の3類型のうち、履行不能は債務の履行が不能であるとき(民法412条の2)に成立し、催告なしに契約を解除できる(民法542条1項1号)。不完全履行は履行がなされたが内容が契約に適合しない場合であり、契約不適合責任として追完請求(民法562条)・代金減額請求(民法563条)・損害賠償請求・契約解除が認められる。手付解除は当事者の意思による解除であり、履行不能とは別の制度である。
①手付解除(民法557条1項): 買主は手付を放棄、売主は手付の倍額を現実に提供して解除できる。相手方が履行に着手するまでが期限。損害賠償請求はできない。
②履行不能(民法412条の2): 債務の履行が不能であるとき、債権者は履行を請求できない。催告なしに解除できる(民法542条1項1号)。解除に帰責事由は不要だが、損害賠償には帰責事由が必要。
③不完全履行・契約不適合(民法562条〜): 履行はされたが内容が契約に適合しない場合。追完請求・代金減額請求・損害賠償請求・契約解除が認められる。買主に帰責事由がある場合は追完請求・代金減額請求はできない。
| 項目 | 履行遅滞 | 履行不能 | 不完全履行(契約不適合) |
|---|---|---|---|
| 状態 | できるのにやらない | もうできない | やったけど不完全 |
| 履行の請求 | できる | できない(民法412条の2) | 追完請求ができる(民法562条) |
| 契約解除 | 催告が必要(民法541条) | 催告不要(民法542条1項1号) | 催告解除または無催告解除 |
| 損害賠償 | 帰責事由が必要(民法415条) | 帰責事由が必要(民法415条) | 帰責事由が必要(民法415条) |
| 代金減額請求 | — | — | 催告後に可能(民法563条) |
| 項目 | 手付解除 | 履行不能による解除 |
|---|---|---|
| 根拠 | 民法557条1項 | 民法542条1項1号 |
| 要件 | 相手方が履行に着手するまで | 履行が不能であること |
| 方法 | 手付放棄(買主)/倍額の現実の提供(売主) | 解除の意思表示 |
| 損害賠償 | できない | 帰責事由があればできる |
| 代金の返還 | 手付を放棄して終了 | 原状回復として代金全額返還 |
