プロローグ:こむぎちゃん、取扱説明書を読まない女
朝の事務所。こむぎちゃんが新しい加湿器と格闘していた。
だって分厚いし、字が小さいし…
不動産の世界にもな、契約する前にお客さんに大事なことを説明する制度がある
これを飛ばしたら取り返しのつかんことになるで
法律で決まっとる重要な説明義務や
そのとき、事務所のドアがゆっくり開いた。いつもの元気がない様子で入ってきたのは南向壱星だ。
えらい元気ないな
壱星がソファに座り、深いため息をついた。
ええ経験やな
専門用語ばっかりで、呪文みたいで…
壱星が肩を落とした。こむぎちゃんが心配そうに声をかけた。
最初からわかる人なんていないですって!
壱星が一瞬だけこむぎちゃんの顔を見て、少しだけ表情がゆるんだ。
登記田がコーヒーを差し出しながら言った。
先輩かて最初は呪文に聞こえてたはずやで。
今日は一つずつ整理していこか。
重要事項説明の"売買編"を全部教えたるわ
相談①「重要事項説明って何のためにするの?」
登記田がホワイトボードに書いた。
重要事項説明とは:宅建業者が、契約が成立するまでの間に、買主(または借主)に対して、物件や取引条件に関する重要な事項を説明すること
① 説明の相手 買主(借主)に対して説明する。売主に対してではない。
② 説明する者 宅建士が行う。宅建士でない者が説明しても、重説を行ったことにはならない。
③ 宅建士証の提示 説明の前に、宅建士証を相手方に提示しなければならない。相手から請求がなくても提示が必要。
④ 説明の時期 契約が成立するまでの間に行う。契約と同時ではダメ。お客さんが内容を理解してから契約するかどうかを判断できるようにするため。
⑤ 35条書面の交付 説明した内容を記載した書面(35条書面)を交付する。書面には宅建士の記名が必要。ただし、書面の交付義務は宅建業者にある(説明は宅建士、交付は業者いう役割分担)。
壱星がメモしながら言った。
あれが第一歩なんやで
こむぎちゃんが言った。
宅建士証を持っているのは宅建士だけやろ。
宅建士の資格がない人が他人の宅建士証を借りてきても、それは重説にならんし法律違反やで
登記田が続けた。
売買でも賃貸でも可能や。
ただし、画面上で宅建士証を確認できることが要件やで
該当する例:契約の3日前に、宅建士が買主に対面で重要事項を説明し、35条書面を交付 → 適正
該当しない例:契約書に署名した後に重要事項説明を行う → 契約成立後なので違法
相談②「物件について何を説明するの?」
先輩が説明してた中で、物件のことをいろいろ言ってたやろ?
壱星が思い出しながら言った。
正直、情報量が多すぎて混乱しました
物件に関する説明事項は大きくこれだけある
⑥ 登記された権利の種類・内容
その物件にどんな権利が登記されているか。所有権、抵当権、地上権など。抵当権が付いていたら「この物件にはローンの担保が設定されてますよ」と伝えないといけない。
⑦ 法令に基づく制限の概要
都市計画法や建築基準法などによる制限。「この土地には3階建て以上は建てられません」「用途地域の関係で工場は建てられません」といった内容。
⑧ 私道に関する負担
物件に接する道路が私道の場合、負担金や通行の制約がある可能性がある。
⑨ 飲用水・電気・ガスの供給施設、排水施設の整備状況
ライフラインが整っているかどうか。未整備の場合は、整備の見通しと特別な負担も説明する。
⑩ 工事完了時の形状・構造
未完成物件(建築中のマンション等*の場合、完成したらどういう形になるかを説明する。
試験でも狙われるポイントやで
登記田が指を3本立てた。
⑪ 既存建物の状況調査(インスペクション)の結果の概要
中古住宅の売買の場合、過去1年以内に実施された建物状況調査の結果があれば、その概要を説明する。調査を実施する義務はないが、結果があれば説明義務があるいうのがポイント。
壱星が質問した。
やっていないこと自体を隠してはいけないんやで
⑫ 石綿(アスベスト)使用調査の内容
建物について石綿の使用調査の記録がある場合、その内容を説明する。こちらも調査義務はないが、記録があれば説明が必要。
⑬ 耐震診断の結果
昭和56年(1981年)6月1日以前に着工された建物(いわゆる旧耐震基準の建物)について、耐震診断の記録がある場合はその内容を説明する。
こむぎちゃんが言った。
診断する義務はないんや。
記録がある場合だけ説明する。
石綿もインスペクションも同じ考え方やで。
"記録があれば説明"、"調査義務はない"。
この2つをセットで覚えときや
⑭ 災害区域に関する説明
物件が以下の区域に該当する場合は説明が必要。
- 造成宅地防災区域
- 土砂災害警戒区域
- 津波災害警戒区域
- 水害ハザードマップにおける物件の所在地
物件がハザードマップ上のどの位置にあるかを示して説明するんやで
該当する例:中古戸建ての売買で、1年以内のインスペクション結果と旧耐震建物の耐震診断記録を説明 → 適正
該当しない例:旧耐震基準の建物だが耐震診断の記録がない場合に「記録がありません」と説明しない → 説明義務違反ではないが、「記録の有無」自体は伝えるべき
相談③「お金やローンのことも説明するの?」
取引条件に関する事項として、お金やローンのことも説明せなあかん
⑮ 代金・交換差金以外に授受される金銭の額と目的
売買代金以外に受け渡しするお金。たとえば手付金、固定資産税の精算金など。「いくら」「何の目的で」を明示する。
⑯ 契約の解除に関する事項
どういう場合に契約を解除できるか、その条件と効果を説明する。手付解除やローン特約による解除などが代表例。
⑰ 損害賠償額の予定・違約金に関する事項
契約違反があった場合の損害賠償の予定額や違約金について説明する。
⑱ 手付金等の保全措置の概要
宅建業者が売主の場合に説明が必要。業者がお客さんから受け取る手付金等を保全する措置(銀行等の保証や保険など)の概要を説明する。
壱星が言った。
あれはお客さんのお金を守る仕組みなんですね
業者が倒産してもお客さんのお金が返ってくるようにする仕組みやな。
これは8種制限の話にも繋がってくるけど、重説でもちゃんと説明するんやで
⑲ ローンのあっせんの内容・ローン不成立時の措置
業者がローンをあっせんする場合、融資先・金額・金利などの条件と、ローンが通らなかった場合にどうなるかを説明する。
ローンが通らんかったら契約を白紙に戻せるかどうか。
ここを説明しとかんと、お客さんがローン否認されたとき大問題になるで
⑳ 瑕疵担保責任(契約不適合責任)の履行に関する措置の概要
物件に欠陥(契約不適合)があった場合に備えて、保険加入や供託などの措置を講じるかどうかを説明する。
該当する例:ローンあっせんの条件(融資先・金額・金利)と、不成立時は契約解除できる旨を説明 → 適正
該当しない例:ローンをあっせんする予定なのに、ローン不成立時の措置を一切説明しない → 説明義務違反
相談④「他に説明することは?」
㉑ 割賦販売に関する事項
物件を分割払い(割賦)で販売する場合、現金販売価格、割賦販売価格、引渡しまでに支払う金銭の額と時期を説明する。
㉒ 交換の場合の補足
売買ではなく交換の場合も、基本的な説明事項は売買と同じ。ただし、交換差金が発生する場合はその扱いについても説明する。
該当する例:割賦販売で、現金価格3,000万円・割賦価格3,200万円・引渡しまでに500万円と説明 → 適正
該当しない例:交換契約で交換差金が発生するのに、差金の扱いを説明しない → 説明義務違反
エピローグ:壱星の決意
壱星がノートを閉じた。ページがびっしりメモで埋まっている。
登記の権利のこと、ハザードマップのこと、ローン特約のこと…。
あのとき呪文に聞こえてたのが、今なら意味がわかります
呪文が日本語に聞こえるようになったら大したもんや
壱星が立ち上がった。
それで…実は、今度は賃貸の重説にも同席することになったんです
登記田が頷いた。
またおいで、全部教えたるわ
こむぎちゃんが明るく声をかけた。
ありがとうございます
壱星は少しだけ耳を赤くして、事務所を出て行った。
こむぎちゃんが首をかしげた。
登記田がコーヒーをすすりながら言った。
試験のひっかけメモ
ひっかけ①「重要事項説明は契約と同時に行えばよい」 → 契約成立前に行わなければならない。契約と同時はNG。
ひっかけ②「宅建士証の提示は、相手から請求があった場合に行う」 → 請求がなくても提示が必要。重説における宅建士証の提示は義務。
ひっかけ③「旧耐震基準の建物は必ず耐震診断を行わなければならない」 → 診断の義務はない。記録がある場合に説明する義務があるだけ。石綿調査・インスペクションも同様。
ひっかけ④「35条書面への記名は宅建業者の代表者が行う」 → 35条書面への記名は宅建士が行う。ただし書面の交付義務は宅建業者。役割分担に注意。
ひっかけ⑤「ローンのあっせんをしない場合は、ローンに関する説明は不要」 → あっせんしない場合でも、買主がローンを利用する予定がある場合はローン不成立時の措置について説明することが望ましい。試験では「あっせんの内容」が説明事項であることを押さえておく。
締め:こむぎちゃんの1行まとめ
こむぎちゃん、教訓を一言でまとめてみ
こむぎちゃんが自信満々にポーズを決めた。
今日の教訓は――
大事な買い物の前には取扱説明書を読むこと!
加湿器も不動産も、説明書を読まない人は壊します!
いいか、重説は契約前に宅建士が宅建士証を提示して行う!
35条書面には宅建士の記名!
物件の登記・法令制限・災害区域・インスペクション・耐震診断を説明!
取引条件はローン・手付金保全・契約解除まで!
調査義務はないけど記録があれば説明義務あり!
加湿器の説明書は自分で読んどいて!
説明書って読む気にならないじゃないですか…
今回のまとめ
【基本ルール】
- 重要事項説明は契約成立前に、宅建士が宅建士証を提示して行う
- 35条書面を交付。書面には宅建士の記名が必要。交付義務は宅建業者
- IT重説(オンライン)も売買・賃貸ともに可能(画面上で宅建士証を確認できること)
【物件に関する事項】
- 登記された権利の種類・内容
- 法令に基づく制限の概要
- 私道に関する負担
- 飲用水・電気・ガス・排水施設の整備状況
- 未完成物件の場合、完成時の形状・構造
- 既存建物状況調査の結果(実施後1年以内のものがある場合)
- 石綿使用調査の内容(記録がある場合)
- 耐震診断の結果(旧耐震基準の建物で記録がある場合)
- 災害区域:造成宅地防災区域・土砂災害警戒区域・津波災害警戒区域・水害ハザードマップ
【取引条件に関する事項】
- 代金以外に授受される金銭の額と目的
- 契約の解除に関する事項
- 損害賠償額の予定・違約金
- 手付金等の保全措置の概要(業者が売主の場合)
- ローンあっせんの内容・不成立時の措置
- 瑕疵担保責任(契約不適合責任)の履行に関する措置
【その他】
- 割賦販売に関する事項(現金販売価格・割賦販売価格等)
- 交換の場合も基本は売買と同じ(交換差金の扱いに注意)
- 調査義務はないが、記録があれば説明義務がある(インスペクション・石綿・耐震共通)