プロローグ:こむぎちゃん、勘違いで全然違うランチを食べた件
朝の事務所。こむぎちゃんがスマホを見ながら複雑な顔をしていた。
同じ名前のお店が駅の反対側にもあって。
私が行きたかった方は閉まっていて、着いたら知らないお店で、しかもランチがすごく辛くて、私、辛いもの苦手で…
注文するときも「普通の定食ですよね」って思い込んで頼んだら激辛でした。
私の情報は全部間違ってたんです
確認は大事やな
私の勘違いだから、文句も言えなくて…
登記田はコーヒーを飲みながら「そりゃそうやな」と短く返した。
そのとき、事務所のドアがノックされた。
入ってきたのは、テキストとノートを両手に抱えた南向壱星だ。いつもの真面目な顔だが、こむぎちゃんの姿を見た瞬間、ほんの少しだけ動作が止まった。
お邪魔してもいいですか?
勉強でどうしても煮詰まってしまったところがあって
まったところ」の話なんですけど。
前回登記田さんが「心の中で思っていたことと実際の意思表示がずれていたケース」って言ってましたよね。
テキストにまさにそのテーマが出てきて
何や?
表示行為の錯誤と動機の錯誤が出てきたんですが、違いがよくわからなくて
こむぎちゃんがハッと顔を上げた。
私のさっきのランチの話、なんか似てませんか?
勘違いして全然違うものになってしまったっていう
こむぎちゃんのランチ事件、今日の話に使えそうやで
壱星はノートを開きながら椅子に座った。
推理① 錯誤とは何か?|表示行為の錯誤と動機の錯誤の違いを整理する
登記田はホワイトボードに「錯誤」と書いた。
ひらたく言えば「勘違いしたまま契約してしまった」状態のことや(民法95条)
まず1つ目、表示行為の錯誤。
これは「言い間違い・書き間違い」タイプや
登記田がホワイトボードに書く。
1. 表示行為の錯誤(民法95条1項1号)
- 内心では「1,000万円で売るつもり」だったのに、口から出た言葉が「100万円で売る」だった
- 契約書に「A物件」と書くつもりで「B物件」と書いてしまった
- 伝えた内容そのものが、意図と違っていた場合
これは「思い込み・勘違い」タイプや(民法95条1項2号・2項)
2. 動機の錯誤(基礎事情の錯誤)(民法95条1項2号・2項)
- 「駅から徒歩5分と思って土地を買ったが、実は15分だった」
- 「この土地は再開発エリアだと思って買ったが、そうではなかった」
- 契約の動機・前提となる事情についての勘違い
ただ、こむぎちゃんの場合は民法の問題ではなくて日常の話やから、法律上の取消しはできへんけどな
動機が相手方に表示されていた場合に限って取消しの対象になる(民法95条2項)
どういうことですか?
この「動機」が相手方に共有されていれば、それを前提に契約したとみなせる。
逆に心の中だけで「5分だと思ってる」と思っていて、相手に何も言っていなければ、取消しはできひん
言わないとダメなんですね
どちらかの形で「表示」されていれば足りる
壱星がノートにせっせとメモを取っている。
だから私も「辛くないと思って頼みました」って最初に言っておけばよかったんです!
それは普通のレストランでの会話や
錯誤の2種類まとめ
| 表示行為の錯誤 | 動機の錯誤 | |
|---|---|---|
| 内容 | 言い間違い・書き間違い | 思い込み・前提の勘違い |
| 根拠 | 民法95条1項1号 | 民法95条1項2号・2項 |
| 取消しの条件 | 重要性+重大な過失なし | 動機が相手方に表示されていたこと+重要性+重大な過失なし |
該当する例(動機の錯誤):「この土地は再開発エリアだと業者に伝えた上で購入した」のに実際は再開発がなかった → 動機が表示されているため取消しの対象になりうる。
該当しない例(動機の錯誤):「値上がりすると自分で思って購入した」が誰にも言っていない → 動機が表示されていないため取消しの対象にならない。
推理② 錯誤取消しの要件|重要性・重大な過失・2つの例外とは
取消しには2つの要件を両方満たす必要がある(民法95条1項)
登記田がホワイトボードに書いた。
錯誤取消しの2要件
- 要件① 重要性:その錯誤が「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なもの」であること
- 要件② 重大な過失がない:表意者自身に重大な過失(著しい不注意)がないこと
駅から徒歩5分か15分かという違いは、不動産の価値に直結するから重要性あり。
逆に「壁の色が思ったより少し薄かった」程度では重要性なしと判断される可能性が高い
たとえば徒歩時間を一切調べず、地図も見ずに「近いだろう」と思い込んで契約した場合は重大な過失ありとされる可能性がある
壱星がペンを止めた。
先輩が知り合いから相談を受けていて、その内容が「隣の駅の土地だと思って契約してしまった」というケースで。
先輩がどう答えたらいいかわからなくて、僕に聞いてきたんです
実際のケースやな。詳しく聞かせてもらえますか
業者は「△△駅の近く」とは言っていたんですが、その方が○○駅と勘違いしたまま確認しなかったようで…
それやと要件②が問題になってくるな。業者が「△△駅の近く」と正しく説明していたのに、確認しなかったとなると重大な過失ありと判断される可能性がある。
そうなると取消しはできひん
重大な過失があっても取消しできる2つの例外(民法95条3項)
例外① 相手方が悪意または重過失の場合
相手方が「この人は勘違いしている」と知っていた(悪意)または知ることができた(重過失)なら、表意者に重大な過失があっても取り消せる。
そのケースなら取消しが認められる余地がある
例外② 共通錯誤の場合
売主も買主も同じ勘違いをしていた場合(双方が同一の錯誤に陥っていた場合)は、どちらに重大な過失があっても取り消せる。
どちらかだけが勘違いしていたなら問題になるけど、二人とも同じ誤りをしていたなら、その前提で取消しを認めるのが公平やからな
壱星が熱心にノートを書き込んでいる。こむぎちゃんがそっと壱星のノートをのぞき込んだ。壱星の手が一瞬だけ止まった。
取消しの要件まとめ
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| ①重要性 | 社会通念上、重要な錯誤であること |
| ②重大な過失なし | 表意者に著しい不注意がないこと |
| 例外① | 相手方が悪意または重過失の場合は、②を問わず取消し可 |
| 例外② | 相手方も同一の錯誤に陥っていた場合は、②を問わず取消し可 |
該当する例:業者が勘違いを知っていながら訂正しなかった(悪意)→ 表意者に重大な過失があっても取消し可。
該当しない例:表意者が一切確認せず(重大な過失あり)、業者も正しく説明していた → 例外に当たらないため取消し不可。
推理③ 取消権者と取消しの効果|誰が・いつまでに・どうなるのか
取消しって、誰でもできるんですか?
取消権者は限られとる
取消権者(民法95条・120条)
錯誤による取消しができるのは、次の者に限られる。
- 錯誤に陥った表意者(本人)
- 代理人(本人の代わりに行動する人)
- 承継人(相続などで権利を引き継いだ人)
取消しは被害を受けた側のための権利やからな
取消権は表意者本人たちのために認められたものやで
続いて、取消しの効果を整理した。
取消しの効果(民法121条)
- 錯誤による取消しをすると、遡及的に無効となる
- 「最初から契約がなかった」扱いになる
- これは前回学んだ詐欺・強迫の取消しと同じ
詐欺・強迫の取消し後の処理と同じ考え方や
早く登記した人が勝つってことですね!
だから宅建試験では「登記!登記!」っていつも言われるんですね!
もう全部登記で解決ですよ!
登記で対抗できる場面があるということやで。
混乱するからそういう雑なまとめ方はやめなさい
取消権者と効果まとめ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 取消権者 | 表意者本人・代理人・承継人 |
| 相手方は? | 取消しできない |
| 取消しの効果 | 遡及的無効(最初から契約がなかった扱い) |
| 取消し後の第三者 | 登記の先後で対抗関係を決める |
該当する例:錯誤に陥った買主本人が取消しを主張する → 適法。
該当しない例:売主側(相手方)が「あなたは勘違いしていたから取消しますよ」と言う → 相手方には取消権なし。
推理④ 公序良俗に反する契約|錯誤の「取消し」より強力な「無効」とは
ひととおりノートにまとめた壱星が、テキストのある箇所を指さした。
テキストに「公序良俗に反する契約は無効(民法90条)」と書いてあるんですが、錯誤の取消しとどう違うんですか?
これは錯誤の「取消し」より、ずっと強力な「無効」の話や
登記田はホワイトボードの端に「公序良俗違反=無効(民法90条)」と書いた。
たとえば反社会的組織への便宜供与を目的とした不動産売買、暴利行為、違法な目的のための契約などが該当する
「取消し」と「無効」は全然違う。
整理するとこうなる
「取消し」と「無効」の違い
| 錯誤・詐欺・強迫(取消し) | 公序良俗違反(無効) | |
|---|---|---|
| 効力 | 取消しまでは一応有効 | 最初から無効 |
| 誰が主張できるか | 取消権者のみ | 誰でも主張できる |
| 第三者への対抗 | 取消しの種類による | 第三者にも対抗できる |
| 追認(後から有効にすること) | できる | できない |
最初から無効やから、誰でも主張できるし、第三者にも対抗できる。
善意の第三者でも守られない。それくらい強力な無効や
社会の秩序に反するような契約は、そもそも法律が守る対象外やからな
誰も勝てないし誰も負けない!
試合自体がなかったことになる!ってことですね!
該当する例:反社会的勢力に利益を供与することを目的とした不動産売買 → 公序良俗違反により無効。第三者が善意でも無効を主張できる。
該当しない例:相場より少し高い価格での売買 → 価格が高いだけでは公序良俗違反にならない(著しい暴利行為であれば別)。
事件の結論|壱星の知り合いの件はどうなる?
登記田がホワイトボードを整理した。
「○○駅の土地だと思って買ったら△△駅だった」という件や
「○○駅の近くだから買う」という動機が業者に表示されていたかどうかが鍵になる
表示されていれば動機の錯誤として取消しの可能性がある。
次に重要性の要件、これは不動産の価値に関わるから満たす可能性が高い。
問題は重大な過失や。
業者が正しく説明していたのに確認しなかったとなると重大な過失ありと判断されうる
業者が「この人○○駅と思い込んでるな」と知っていながら訂正しなかった(悪意・重過失)なら取消しの余地がある。
そうでなければ難しい。
具体的な事情を確認したうえで、専門家に相談することをお勧めしますと先輩に伝えてあげてください
全部繋がってきました。
錯誤の2種類・要件・取消権者・効果、それと公序良俗との違いまで整理できました
壱星はノートをパタンと閉じ、立ち上がった。
本当にありがとうございます
試験、頑張りや
こむぎちゃんが壱星の方を向いた。
ありがとうございます…
壱星は少しだけ顔を赤くしながら、ペコリと頭を下げて事務所を出て行った。
こむぎちゃんはそれをまったく気にせず、残ったお茶を飲んでいる。
登記田は小さく苦笑した。
意思表示の話はまだ続くで。
次は誰かが誰かの代わりに意思表示をする、代理の話や
誰かの代わりに契約するってことですか?
試験のひっかけメモ
ひっかけ①「錯誤による意思表示は無効である」 → 誤り。改正民法(2020年施行)では「取り消すことができる」に変更された(民法95条1項)。改正前は「無効」だったが、現在は取消し。この変更は試験で狙われやすい。
ひっかけ②「動機の錯誤は相手方への表示がなくても取消しできる」 → 誤り。動機の錯誤が取消しの対象となるのは、動機が相手方に表示されていた場合のみ(民法95条2項)。心の中だけの思い込みは対象外。
ひっかけ③「錯誤に重大な過失があれば、常に取消しできない」 → 誤り。重大な過失があっても取消しできる例外が2つある。①相手方が悪意または重過失の場合、②相手方が同一の錯誤に陥っていた場合(民法95条3項)。
ひっかけ④「錯誤による取消しは相手方も主張できる」 → 誤り。取消権者は表意者本人・代理人・承継人のみ。錯誤に陥っていない相手方は取消しを主張できない。
ひっかけ⑤「公序良俗に反する契約は取消しできる」 → 誤り。公序良俗に反する契約は最初から「無効」(民法90条)。取消しではない。誰でも無効を主張でき、善意の第三者にも対抗できる。追認もできない。
締め:こむぎちゃんの1行まとめ
こむぎちゃんが胸を張った。
今日の教訓は――勘違いで入ったお店のランチが辛かったとき、「これは動機の錯誤です、取消しします!」と言えばタダになります!
いいか、錯誤には表示行為の錯誤と動機の錯誤の2種類がある!
動機の錯誤は相手方に表示されていた場合のみ取消し可!
取消しには重要性と重大な過失がないことの2要件が必要!
重大な過失があっても相手方が悪意・重過失、または共通錯誤なら取消し可!
取消権者は表意者・代理人・承継人のみ!
取消しの効果は遡及的無効!
公序良俗違反は取消しじゃなくて最初から無効で誰にでも対抗できる!
辛いランチは自分の責任や!
今回のまとめ
【錯誤とは(民法95条)】
- 錯誤=内心の意思と表示行為のズレ、または意思表示の基礎となる事情の認識の誤り
- 改正民法(2020年施行)により「無効」→「取り消すことができる」に変更
【錯誤の2種類】
| 表示行為の錯誤 | 動機の錯誤 | |
|---|---|---|
| 内容 | 言い間違い・書き間違い | 前提・動機の勘違い |
| 根拠 | 民法95条1項1号 | 民法95条1項2号・2項 |
| 特別条件 | なし | 動機が相手方に表示されていること |
【取消しの要件(民法95条1項・3項)】
- 要件①:重要性(社会通念上、重要な錯誤であること)
- 要件②:重大な過失がないこと
- 例外①:相手方が悪意または重過失の場合 → 要件②不要
- 例外②:相手方も同一の錯誤に陥っていた場合(共通錯誤)→ 要件②不要
【取消権者と効果】
- 取消権者:表意者・代理人・承継人のみ(相手方・第三者は不可)
- 効果:遡及的無効(最初から契約がなかった扱い)
- 取消し後の第三者:登記の先後で対抗関係を決める
【公序良俗に反する契約(民法90条)】
- 公序良俗違反の契約は最初から無効(取消しではない)
- 誰でも無効を主張できる
- 善意の第三者にも対抗できる
- 追認(後から有効にすること)はできない
【錯誤・詐欺・強迫・公序良俗 対比表】
| 錯誤(95条) | 詐欺(96条) | 強迫(96条) | 公序良俗違反(90条) | |
|---|---|---|---|---|
| 効力 | 取り消せる | 取り消せる | 取り消せる | 最初から無効 |
| 第三者保護 | 取消し後は登記で決定 | 善意かつ無過失は保護 | 保護なし | 保護なし(誰にでも対抗可) |
| 追認 | できる | できる | できる | できない |
参考書籍:2026年版 史上最強の宅建士テキスト