プロローグ
ちょっとモヤモヤしてることがあるんです!
たしかに「いつまでに返して」とは言うてなかったんか。
でも3日も経ったら普通返しますよね!?
常識的に考えて!
そのとき、事務所のドアを控えめにノックする音がした。入ってきたのは雪宮さんだった。いつもより少し焦った様子で、手元の書類を握りしめている。
突然すみません、少しお聞きしたいことがあって……。
どうぞどうぞ!
どんなご相談ですか。
雪宮さんは椅子に腰を下ろして、書類をテーブルに広げた。
引渡期日を過ぎとるのに履行されてないと。
地目さんは「遅延損害金を請求できるのか」「そもそもいつから遅れたことになるのか」と聞いてきたんですが、私にはうまく答えられなくて。
以前、知り合いが交通事故の被害に遭ったとき、「加害者は事故の時点からすぐに遅滞になる」と聞いたことがあるんです。
でも売買契約のときは期限が来てから遅滞になるんですよね?
同じ「遅滞」なのに、始まる時点が違うのはなぜなんでしょうか。
これ、さっきの私の漫画の話と似てますね!
「いつから返すのが遅い」って言えるかどうか、期限を決めてたかどうかで変わるっていう……!
「いつから遅滞になるか」は、期限の決め方によって違ってくる。
今日はそこを整理していこか。
推理①:そもそも「債務不履行」とは何か——債権・債務と履行遅滞の基本
雪宮さん、債権と債務の違いはわかりますか。
債権は「相手に何かをしてもらう権利」。
債務は「相手に何かをしなければならない義務」。
買主である地目さんには「マンションを引き渡してくれ」と言える権利がある。
これが債権や。
一方、売主の建蔽さんには「マンションを引き渡さなければならない」という義務がある。
これが債務。
買主は代金を払う義務もありますよね。
売買契約では売主も買主もそれぞれ債権者であり債務者でもある。
前回やった双務契約の話やな。
債務不履行には大きく3つの種類がある。
やればできるのに、期限を過ぎても履行しないこと。
建蔽さんのケースがまさにこれや。
2つ目が履行不能。
建物が火事で焼けてしまったとか、もう履行すること自体ができなくなった場合。
3つ目が不完全履行。
一応履行はしたけど、中身が不完全やった場合。
特に「いつから遅滞になるか」——起算点の問題や。
該当する例: 売買契約において、売主が契約で定めた引渡期日を過ぎてもマンションを引き渡さない場合、売主は履行遅滞の責任を負う。
該当しない例: 「債権とは自分が何かをする義務のことだ」は誤り。債権は「相手に何かをしてもらう権利」であり、「自分が何かをする義務」は債務である。
推理②:「いつから遅い」と言えるのか——履行遅滞の起算点(民法412条)
「いつから履行遅滞になるか」は、期限の定め方によって3パターンに分かれる。
民法412条に書いてある。
確定期限があるとき(民法412条1項)
契約書に「引渡期日:6月15日」と書いてあった。
このようにいつ来るか確定している期限のことを確定期限という。
債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う。
地目さんが「引き渡してくれ」と催告する必要はない。
期限が到来した瞬間に、自動的に遅滞になる。
やから地目さんは6月15日以降の遅延損害金を請求できる。
不確定期限があるとき(民法412条2項)
不確定期限というのは「いつか必ず来るけれど、いつ来るかわからない期限」のことや。
たとえばどういうものですか?
人はいつか必ず亡くなるから「いつか必ず来る」。
でもいつ亡くなるかはわからへん。
これが不確定期限。
債務者は、次のいずれか早い時から遅滞の責任を負う。
つまり債権者から「お父さん亡くなったんだから、土地を引き渡してくれ」と言われた時。
②期限の到来したことを知った時。
つまり債務者自身が「父が亡くなった」と知った時。
この①と②のうち早いほうが遅滞の起算点になる。
ということは、知った時点でもう遅滞になることがあるんですね。
ここが試験で狙われるポイントや。
「期限の到来を知った後に、履行の請求を受けた時から遅滞になる」——これは誤り。
知った時点ですでに遅滞になっとる。
「請求を受けるまで待ってもらえる」わけやないんや。
期限の定めがないとき(民法412条3項)
こむぎちゃんの漫画の貸し借りがまさにこれやな。
債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。
こむぎちゃんが友達に「返して」と言うまでは、友達は遅滞にはならへん。
「返して」って言わなかった私が悪かったんだ……。
たとえば買主が代金を二重に払ってしまった場合、売主は法律上の原因なく利得を得とる。
善意の受益者が負う不当利得返還義務は、期限の定めのない債務と考えられるから、履行の請求を受けた時から遅滞になる(民法412条3項)。
該当する例: 確定期限「6月15日」がある場合、6月15日の到来により債務者は自動的に履行遅滞になる(民法412条1項)。催告は不要。
該当しない例: 「不確定期限がある場合、期限の到来を知った後に履行の請求を受けた時から遅滞になる」は誤り。期限の到来を知った時点で遅滞になる(民法412条2項)。請求を待つ必要はない。
推理③:事故を起こした瞬間から「遅い」?——不法行為と履行遅滞の特則
「交通事故の場合は事故の時点から遅滞になるのはなぜか」という話やったな。
推理②の話を聞くと、期限の定めがない場合は「請求を受けた時」から遅滞になるんですよね。
交通事故の損害賠償も期限なんて決まっていないはずなのに、なぜ事故の瞬間から遅滞なんでしょうか。
実はこれ、判例が特別なルールを定めとる。
不法行為に基づく損害賠償債務は、損害の発生と同時に遅滞に陥る(最判昭37.09.04)。
催告は要らへんし、期限の到来を待つ必要もない。
なぜそんなに厳しいルールなんですか?
不法行為は被害者の意思とは無関係に起こるもんやろ。
交通事故に遭いたくて遭う人はおらん。
その被害者に対して「加害者に請求するまで遅滞にならへんから遅延損害金は発生しません」と言うのは、あまりに被害者に酷やないか。
被害者が請求する余裕がないうちにも損害は広がっていきますものね。
やから法律は「損害発生と同時に遅滞」として、被害者を手厚く保護しとるわけや。
「不法行為に基づく損害賠償債務は、履行の請求を受けた時から遅滞になる」——これは誤り。
「請求を受けた時から」というのは期限の定めがない場合のルール(民法412条3項)であって、不法行為には適用されへん。
注文者が請負人に対する報酬を払わなあかん一方で、目的物に瑕疵——今の民法でいう契約不適合——があって、損害賠償請求権も持っとるとする。
注文者がこの二つを相殺したら、報酬のうち損害賠償額分が差し引かれて、残りの報酬だけが残る。
判例は、相殺の意思表示をした日の翌日から遅滞になるとしとる(最判平09.07.15)。
「残債務の請求を受けた時から」ではないから注意してな。
請求を受けた時とは違うんですね。
これは応用的な論点やけど、過去問で出たことがあるから頭の隅に入れとくとええ。
該当する例: 交通事故の加害者は、事故(損害発生)の時点から損害賠償債務について履行遅滞となる(最判昭37.09.04)。催告は不要。
該当しない例: 「不法行為に基づく損害賠償債務は、被害者から請求を受けた時から遅滞になる」は誤り。損害の発生と同時に遅滞に陥る。
事件の結論
「いつから遅滞になるか」は、4つのパターンを押さえたらええ。
建蔽さんのケース。
引渡期日「6月15日」が確定期限やから、6月15日の到来で自動的に遅滞。
催告は不要。
地目さんは遅延損害金を請求できる。
期限到来後に請求を受けた時、または期限到来を知った時のいずれか早い時から遅滞。
「知った後に請求を受けた時」ではないから注意。
請求を受けた時から遅滞。
善意の受益者の不当利得返還義務もこのパターン。
損害の発生と同時に遅滞(最判昭37.09.04)。
催告も期限の到来も不要。
地目さんには「6月15日の時点で建蔽さんは遅滞だから、遅延損害金を請求できる」と伝えます。
ありがとうございました。
雪宮さんは安堵した表情で事務所を後にした。
試験のひっかけメモ
- 確定期限は期限到来で自動的に遅滞(民法412条1項): 催告は不要。「相手から請求を受けた時から遅滞」は期限の定めがない場合のルール(412条3項)であり、確定期限の場合には当てはまらない
- 不確定期限は「知った時」と「請求を受けた時」の早いほう(民法412条2項): 「期限到来を知った後に請求を受けた時」は誤り。知った時点ですでに遅滞になっている。「請求を受けるまで待ってもらえる」わけではない
- 期限の定めなしは請求を受けた時から遅滞(民法412条3項): 善意の受益者の不当利得返還義務も、期限の定めのない債務として、請求を受けた時から遅滞
- 不法行為は損害発生と同時に遅滞: 催告不要、期限の到来も不要(最判昭37.09.04)。「請求を受けた時から遅滞」とするのは誤り
- 相殺後の残債務は相殺の意思表示をした日の翌日から遅滞: 「残債務の請求を受けた時から」は誤り(最判平09.07.15)
締め:こむぎちゃんの1行まとめ
つまり、期限を決めてないときは請求されるまでセーフってことですね!
そう考えると、私が友達に貸した漫画も、「返して」って言うまでは遅滞じゃないから……友達は悪くない!
むしろ私が請求しなかったのが悪い!
じゃあ不法行為扱いにすれば……漫画を借りパクされた瞬間から遅滞になるから、遅延損害金を請求できる……!
漫画1冊で遅延損害金!
そもそも借りパクは不法行為の損害賠償債務とちゃう!
正確に言うで!!
確定期限があるときは期限の到来した時から遅滞(民法412条1項)!
不確定期限は期限到来後に請求を受けた時か期限到来を知った時のいずれか早い時から遅滞(民法412条2項)!
期限の定めがないときは請求を受けた時から遅滞(民法412条3項)!
不法行為の損害賠償債務は損害の発生と同時に遅滞(最判昭37.09.04)!
今回のまとめ
債務不履行とは、債務者が正当な理由なく債務を履行しないことであり、履行遅滞・履行不能・不完全履行の3類型がある。履行遅滞の起算点は、期限の定め方によって異なる(民法412条)。
①債権・債務の基本: 債権は「相手に何かをしてもらう権利」、債務は「相手に何かをしなければならない義務」。債務を正当な理由なく果たさないことが債務不履行であり、履行遅滞はその一類型。
②履行遅滞の起算点(民法412条): 確定期限がある場合は期限到来時、不確定期限がある場合は期限到来後に請求を受けた時または期限到来を知った時のいずれか早い時、期限の定めがない場合は請求を受けた時から遅滞となる。
③不法行為の特則: 不法行為に基づく損害賠償債務は、損害の発生と同時に遅滞に陥る(最判昭37.09.04)。被害者保護の観点から、催告も期限の到来も不要とされている。
| 期限の種類 | 履行遅滞の起算点 | 根拠 | 具体例 |
|---|---|---|---|
| 確定期限あり | 期限の到来した時 | 民法412条1項 | 「6月15日に引き渡す」→15日到来で自動的に遅滞 |
| 不確定期限あり | ①期限到来後に請求を受けた時 ②期限到来を知った時 →いずれか早い時 | 民法412条2項 | 「父が死亡したら引き渡す」→知った時点で遅滞 |
| 期限の定めなし | 履行の請求を受けた時 | 民法412条3項 | 返還時期を決めていない貸借→「返して」と請求して遅滞 |
| 不法行為 | 損害の発生と同時 | 最判昭37.09.04 | 交通事故→事故の瞬間から遅滞 |
| 相殺後の残債務 | 相殺の意思表示をした日の翌日 | 最判平09.07.15 | 報酬と損害賠償を相殺→翌日から遅滞 |