プロローグ:こむぎちゃん、定義に悩む
ここは登記田探偵事務所。不動産にまつわるトラブルや疑問を、関西弁の探偵・登記田(ときた)が鮮やかに解決する――はずなのだが、今日も助手のこむぎちゃんが朝から妙なことを言い出した。
登記田さん、"料理"の定義ってなんだと思いますか?
昨日、友達に手料理を振る舞ったんです
そしたら『これ料理じゃなくてただ切っただけじゃん』って言われて…
キュウリを切ってお皿に並べたんですけど、これは料理ですか?
料理じゃないですか?
…まあ、定義の問題やな
何をもって"料理"と呼ぶかは、人によって意見が分かれるやろ
せやな。でもな、こむぎちゃん
法律の世界では定義があいまいだと大変なことになる
特に不動産の世界ではな――
事務所のドアが開いて、恰幅のいい男性が入ってきた。手には紙袋。
画地宗一郎(65歳)。地元では名の知れた資産家で、先祖代々の土地を複数保有し、賃貸アパートやマンションも経営している地主だ。登記田探偵とは長い付き合いで、不動産がらみの困りごとがあるたびに相談に来る顔なじみである。
宗一郎さん
お久しぶりですね
今日はどうされたんですか?
その前に、ほれ、こむぎちゃん
おせんべいのお土産だよ
わあ、画地さんありがとうございます!
いつもすみません!
いやいや、こむぎちゃんはいつもおいしいお茶を淹れてくれるからねえ
画地はソファに座ると、少し困った顔をした。陽気なこの人にしては珍しい。
実はね、登記田さん
ちょっと困ったことになっちゃってねえ
「うちが持ってる
農地の一つを知人に売ったんだよ。知人が『家を建てたい』って言うからね。そしたら後日、役所から『宅建業の免許を持っていないのに営業しているのではないか』って問い合わせが来てねえ…」
画地が頭をかいた。
「わたしは不動産屋じゃないよ? 畑を1つ売っただけなのに、
免許が必要だなんてことがあるのかい?」
こむぎちゃんが目を輝かせた。
「登記田さん、これは簡単です! 畑は"宅地"じゃないから、宅建業じゃないですよね!
つまり絶対セーフってことですね!」
「
待ちや」
「こむぎちゃん、キミはいつも一部だけ見て結論を出す。宅建業法で一番危険なのは、そういう"要件の抜け"
なんや。宗一郎さん、これは一つずつ推理していく必要がありますわ」
推理①「宅建業とは何か」
登記田はホワイトボードに大きく書いた。
宅建業 = 「宅地」or「建物」の「取引」を「業」として行うこと
「つまり、
3つの要件をすべて満たして初めて"宅建業"になるんですわ」
チェックポイント:
- 宅地または建物を対象にしている?
- 取引(売買・交換・代理・媒介)をしている?
- 業として(反復継続の意思を持って)やっている?
「この3つのチェック(宅地or建物+取引+業)を
すべてクリアしたら宅建業。
1つでも欠けていれば宅建業ではない。だから順番に検証していきますわ」
該当する例:不動産会社が、マンションの売買を継続的に仲介する → 宅建業
該当しない例:個人が自宅を1回だけ売却する → 宅建業ではない(後述の理由)
推理②「宅地とは何か」
「まず"宅地"の定義からいきましょか。宗一郎さんが売ったのは農地でしたね」
こむぎちゃんが勢いよく手を挙げた。
「だから宅地じゃないです!
セーフ! 画地さん、おめでとうございます!」
「
早い」
登記田はため息をついた。
「こむぎちゃん、キミはいつもそうやって一部だけ聞いて結論を出す。宅建業法では、
宅地は2パターンあるんや」
宅地の定義(2パターン):
パターン①:現に建物が建っている土地 住宅が建っている敷地、店舗の敷地など。
パターン②:建物を建てる目的で取引される土地 登記上の地目が農地であっても、建物を建てる目的で売買された土地は"宅地"扱いになる。
「宗一郎さん、知人の方はその畑をどうすると言ってはりましたか?」
「
家を建てるって言ってたねえ」
こむぎちゃんが凍りついた。
「つまり、登記上は農地でも、建物を建てる目的で売買した土地は"宅地"になるんですわ。宗一郎さんの農地は、
パターン②に該当します」
画地が驚いた。
「ほほう…畑でも宅地になるのかい。知らなかったねえ」
「ここが試験でも一番引っかかるポイントですわ。
"農地だから宅地じゃない"は大きな間違いなんや」
該当する例:農地を「家を建てる目的」で売却 → 宅地に該当
該当しない例:農地を農地のまま売却する(耕作目的)→ 宅地に該当しない
推理③「建物とは何か」
「次に"建物"の定義。今回は土地の話なので軽く触れるだけにしますけどな」
建物の定義:屋根と壁があり、土地に定着した工作物
住宅、店舗、マンション、一戸建て…すべて含まれる。建築中の建物も含むのがポイント。
こむぎちゃんがメモを取りながら聞く。
「じゃあ、完成前のマンションを売るのも宅建業なんですね」
「そうや。いわゆる
青田売りいうやつやな。今回は宗一郎さんの件が土地の話やから、建物の要件は直接は関係ないけど、知識としては押さえておくべきポイントやで」
該当する例:マンション1室、建築中の注文住宅 → 建物に該当
該当しない例:立木、石垣、組み立て前のプレハブ → 建物に該当しない
推理④「取引とは何か」
「さて、ここが重要ですわ。宗一郎さんは知人に
直接売ったとおっしゃいましたね」
「そうだよ。仲介業者は挟んでないねえ」
こむぎちゃんがまた反応した。
「つまり
仲介じゃないから宅建業じゃないってことですよね!」
「
また早合点や」
私はホワイトボードに書いた。
取引の3パターン:
① 自ら当事者として売買・交換を行う ② 売買・交換・賃借の代理をする ③ 売買・交換・賃借の媒介(仲介)をする
「宗一郎さんは
自ら売主として売買しました。これは①の"取引"に該当します」
こむぎちゃんが驚いた。
「自分で売るのも"取引"に含まれるんですか!?」
「そういうことや。ただし、
ここで1つ重要な例外を覚えておいてほしい。
自ら賃貸する行為は"取引"に含まれないんや」
画地が反応した。
「おや、わしは賃貸アパートも持ってるけど、あれは取引じゃないのかい?」
「宗一郎さんが自分のアパートを人に貸す行為は、
宅建業法上の"取引"には該当しません。だから大家さんが自分の物件を貸すのに免許はいらんのです」
「なるほどねえ。大家業は免許なしでいいのか。安心したよ」
該当する例:地主が自ら売主として複数の土地を販売 → 取引に該当
該当しない例:大家が自分のアパートを人に貸す → 取引に該当しない(自ら賃借は取引に含まれない)
推理⑤「業とは何か」
「さて、
最後の砦ですわ。ここが宗一郎さんの運命を分けるポイントや」
「業」の定義:不特定多数に対し、反復継続して取引を行う意思があること
「ポイントは2つ。
不特定多数と
反復継続の意思です」
こむぎちゃんが目を見開いた。
「画地さんは
1回しか売ってないですよね!?
つまり絶対セーフってことですね!」
「こむぎちゃん…
また"絶対"って言うたな」
登記田は慎重に言葉を選んだ。
「
1回でも、反復継続の意思があれば"業"になる。逆に、たまたま1回売っただけで今後その予定もないなら"業"ではない」
「宗一郎さん、今後も土地を継続的に売買される予定はありますか? 看板を出したり、広告を打ったりされましたか?」
「いやいや、知人に頼まれて1つ売っただけだよ。商売として土地を売るつもりはないねえ」
「
であれば、"業"には該当しません」
こむぎちゃんがホッとした表情を浮かべた。
「よかった…でも私、また早合点しかけてました…」
「せやろ。"1回だから絶対セーフ"じゃなくて、"反復継続の意思がないからセーフ"いうのが正確な理由なんや。ここの違いが試験では大事やで」
該当する例:転売目的で土地を仕入れ、継続的に販売 → 「業」に該当
該当しない例:知人に頼まれて保有する土地を1回だけ売却、今後の予定なし → 「業」に該当しない
推理⑥「免許がなくてもできる者」
「念のため、
免許の例外も確認しておきましょか」
こむぎちゃんが不思議そうに言った。
「免許なしでも宅建業ができる人がいるんですか?」
「
宅建業に該当する行為をしても、免許が不要な者がおるんや」
免許不要の代表例:
① 国・地方公共団体 例:市役所が公有地を売却する → 免許不要
② 信託会社・信託銀行(信託業務として行う場合) 例:信託財産の不動産を管理・処分する → 免許不要(ただし届出は必要)
「宗一郎さんは個人ですから、この例外には該当しません。でもそもそも"業"に該当しないので、免許は不要いう結論です」
該当する例:県が県有地を分譲する → 宅建業に該当するが免許不要
該当しない例:個人が「国の仕事に似ているから」と主張しても免許免除にはならない
事件の結論
私はホワイトボードに大きく○を書いた。
「
宗一郎さん、免許は不要です。ご安心ください」
理由:
- 「宅地」には該当する(建物を建てる目的の農地)→ ✓
- 「取引」にも該当する(自ら売主として売買)→ ✓
- しかし「業」には該当しない(1回きりの売却、反復継続の意思なし)→ ✗
- → 3要件がすべて揃っていないため、宅建業に該当しない → 免許不要
「役所の担当者には、今回の経緯をご説明されれば大丈夫です。ただし宗一郎さん、
今後もし複数の土地を継続的に売却されるようなことがあれば、そのときは"業"に該当して免許が必要になります。そこだけはお気をつけくださいね」
画地が大きく頷いた。
「いやあ、助かったよ、登記田さん。
"宅地"かどうかも"業"かどうかも、ちゃんと要件を見ないとわからないんだねえ。勉強になったよ」
「こむぎちゃんも勉強になったやろ?」
「はい…
一部だけ見て判断しちゃダメなんですね。"つまり"って言う前に、要件を全部チェックしないと…」
「そういうことや。宅建業法の基本中の基本やで」
画地が立ち上がった。
「ありがとう、登記田さん。こむぎちゃんもありがとうね。また何かあったら相談に来るよ」
「いつでもどうぞです、宗一郎さん」
試験のひっかけメモ
ひっかけ①「農地は宅地ではない」 → 建物を建てる目的で取引すれば、農地でも"宅地"扱いになる。地目ではなく取引の目的で判断。
ひっかけ②「自分で売るだけなら宅建業ではない」 → 自ら売主として売買する行為も"取引"に該当する。反復継続すれば「業」になり免許が必要。
ひっかけ③「1回だけなら絶対セーフ」 → 1回でも反復継続の意思があれば"業"に該当する。回数だけでは判断できない。
ひっかけ④「自分のアパートを貸すのも宅建業」 → 自ら賃貸する行為は"取引"に含まれない。大家業に免許は不要。
締め:こむぎちゃんの1行まとめ
「さてと、記念すべき最初の事件が解決やな。ほなこむぎちゃん、今日の教訓を一言でまとめてみ」
こむぎちゃんが胸を張った。
「はい! 今日の教訓は――
畑を売るときは、キュウリを添えておけば"料理"になるから宅建業じゃない!」
「
なんでやねーん!!
朝のキュウリの話は1ミリも関係ないわ! いいか、
宅建業は"宅地or建物"の"取引"を"業として"行うこと! 農地でも建物を建てる目的なら宅地! 自ら売買も取引に含まれる! でも自ら賃貸は取引に含まれない! "業"かどうかは反復継続の意思で判断! 1回でも意思があればアウト! キュウリを切ることは宅建業法と何の関係もないやろ!」
「でも…定義って難しいじゃないですか…」
「
ちゃんとしなさい!」
「…てへっ♪」
今回のまとめ
- 宅建業 =「宅地または建物」の「取引」を「業として」行うこと。3要件すべて揃って初めて宅建業
- 宅地の定義:①現に建物が建っている土地 ②建物を建てる目的で取引される土地。農地でも目的次第で宅地になる
- 建物の定義:屋根と壁があり土地に定着した工作物。建築中の建物も含む
- 取引の3パターン:①自ら売買・交換 ②代理 ③媒介。自ら賃貸は取引に含まれない
- 「業」の定義:不特定多数に対し、反復継続して取引を行う意思があること。1回でも意思があれば該当
- 免許不要の例外:国・地方公共団体、信託会社・信託銀行(信託業務として行う場合)
- 3要件が1つでも欠ければ宅建業に該当しない → 免許不要