プロローグ
こむぎちゃん
登記田さん、聞いてくださいよ〜。
この前、友達に「今度カフェおごるよ!」って言ったんですけど、当日になったらお財布がピンチで……「やっぱナシで!」って言ったら、めちゃくちゃ怒られました。
この前、友達に「今度カフェおごるよ!」って言ったんですけど、当日になったらお財布がピンチで……「やっぱナシで!」って言ったら、めちゃくちゃ怒られました。
そらそうやろ。
一回自分から言うたことを後から撤回したら揉めるわ。
一回自分から言うたことを後から撤回したら揉めるわ。
登記田探偵
こむぎちゃん
でも、まだカフェに入る前だったんですよ?
ノーカンじゃないんですか?
ノーカンじゃないんですか?
言うた事実が重いんやって。
登記田探偵
そんなやり取りをしていると、事務所のドアが開いた。敷地倫太郎が落ち着いた足取りで入ってくる。
こむぎちゃん
あ、敷地さん!
こんにちは!
こんにちは!
こむぎちゃん、登記田さん、お忙しいところすみません。
ちょっと厄介な相談がありまして。
ちょっと厄介な相談がありまして。
敷地倫太郎(しきち りんたろう)
おう、座って話し。
登記田探偵
懇意にしている不動産オーナーの地耐康夫さんが、以前の賃借人・筆界大輔さんに3か月分の未払い賃料を抱えているんです。
退去はだいぶ前に済んだんですが、先日になって筆界さんから「滞納分、お支払いします」と連絡があったそうで。
退去はだいぶ前に済んだんですが、先日になって筆界さんから「滞納分、お支払いします」と連絡があったそうで。
敷地倫太郎(しきち りんたろう)
ほう。
ええ話やないか。
ええ話やないか。
登記田探偵
ところが、その後に筆界さんの友人の公示隆さんが「その債権、もう時効が完成してるんじゃないか?援用すれば払わなくていいぞ」と入れ知恵をして。
筆界さんが「やっぱり時効を援用します」と翻意したんです。
一度承認した後でも時効を主張できるんでしょうか?
筆界さんが「やっぱり時効を援用します」と翻意したんです。
一度承認した後でも時効を主張できるんでしょうか?
敷地倫太郎(しきち りんたろう)
こむぎちゃん
あ!
さっきの私の話と同じですね!
一回認めたのに後から「やっぱナシ」って!
さっきの私の話と同じですね!
一回認めたのに後から「やっぱナシ」って!
まあ構造は同じやな。
整理していこか。
整理していこか。
登記田探偵
推理①|時効の援用と放棄とは?
まず大前提や。
時効は期間が過ぎただけでは自動的に効果が発生せえへん。
援用、つまり「時効の利益を受けます」という意思表示をして初めて効力が生じるんや(民法145条)。
時効は期間が過ぎただけでは自動的に効果が発生せえへん。
援用、つまり「時効の利益を受けます」という意思表示をして初めて効力が生じるんや(民法145条)。
登記田探偵
筆界さんが「援用します」と言わない限り、債務は消えないということですね。
敷地倫太郎(しきち りんたろう)
そういうこと。
ほんで、援用できるのは正当な利益を有する者や。
債務者本人はもちろん、保証人、物上保証人、第三取得者も含まれる。
前回出てきた竣工さんみたいな物上保証人も、主債務の時効を援用できるわけや。
逆に、直接の利害関係がない一般債権者は援用でけへん。
ほんで、援用できるのは正当な利益を有する者や。
債務者本人はもちろん、保証人、物上保証人、第三取得者も含まれる。
前回出てきた竣工さんみたいな物上保証人も、主債務の時効を援用できるわけや。
逆に、直接の利害関係がない一般債権者は援用でけへん。
登記田探偵
大事なのが相対効。
援用の効果は援用した本人についてだけ生じる。
他の債務者や保証人には当然には影響せえへんで。
援用の効果は援用した本人についてだけ生じる。
他の債務者や保証人には当然には影響せえへんで。
登記田探偵
一方、時効の利益の放棄っていうのは「時効は使いません」と宣言すること。
ただし時効完成前の放棄は無効や(民法146条)。
事前に「将来時効は主張しない」と約束させても効力はない。
債務者が不利な約束をさせられるのを防ぐためやな。
ただし時効完成前の放棄は無効や(民法146条)。
事前に「将来時効は主張しない」と約束させても効力はない。
債務者が不利な約束をさせられるのを防ぐためやな。
登記田探偵
完成前の放棄は無効、完成後の放棄は有効。
整理できました。
整理できました。
敷地倫太郎(しきち りんたろう)
推理②|時効完成後の承認~一度認めたらもう戻れない?~
ほな本題や。
筆界さんは消滅時効が完成した後に、自分から「払います」と承認した。
でも時効の完成は知らんかった。
友人の公示さんに言われて初めて気づいた。
この状況で、後から時効を援用できるか?
筆界さんは消滅時効が完成した後に、自分から「払います」と承認した。
でも時効の完成は知らんかった。
友人の公示さんに言われて初めて気づいた。
この状況で、後から時効を援用できるか?
登記田探偵
知らなかったなら援用できそうな気もしますが……。
敷地倫太郎(しきち りんたろう)
結論、できへん。
時効完成後に債務を承認した者は、時効の完成を知らなかったとしても、その後に時効を援用することは信義則上許されへん。
最高裁の判例(最判昭41.4.20)で確立されとる。
時効完成後に債務を承認した者は、時効の完成を知らなかったとしても、その後に時効を援用することは信義則上許されへん。
最高裁の判例(最判昭41.4.20)で確立されとる。
登記田探偵
知らなくてもダメなんですか。
敷地倫太郎(しきち りんたろう)
そうや。
筆界さんが「払います」と言うたことで、地耐さんは「払ってもらえるんやな」と信頼する。
その信頼を後から裏切るのは信義誠実の原則に反する。
公示さんに何を吹き込まれようが、一度承認した以上もう時効の援用はでけへんのや。
筆界さんが「払います」と言うたことで、地耐さんは「払ってもらえるんやな」と信頼する。
その信頼を後から裏切るのは信義誠実の原則に反する。
公示さんに何を吹き込まれようが、一度承認した以上もう時効の援用はでけへんのや。
登記田探偵
こむぎちゃん
じゃあ、筆界さんが最初から「払いません」と無視し続けてたら?
その場合は承認にならへんから、筆界さんは時効を援用できた。
つまり「払います」と自分から言うてしまったことが決定打やな。
つまり「払います」と自分から言うてしまったことが決定打やな。
登記田探偵
よくわかりました。
ちなみに、地耐さんが契約時に「時効は主張しないと約束してくれ」と言っていた場合は?
ちなみに、地耐さんが契約時に「時効は主張しないと約束してくれ」と言っていた場合は?
敷地倫太郎(しきち りんたろう)
それは時効完成前の事前放棄やから、さっき言うたとおり民法146条で無効や。
「完成後の承認」と「完成前の事前放棄」は結論が真逆。
試験でよく混ぜて出されるポイントやで。
「完成後の承認」と「完成前の事前放棄」は結論が真逆。
試験でよく混ぜて出されるポイントやで。
登記田探偵
事件の結論
筆界さんは時効完成後に自分から承認している以上、後からの援用は信義則上できない。
地耐さんにはそう伝えます。
ありがとうございます。
地耐さんにはそう伝えます。
ありがとうございます。
敷地倫太郎(しきち りんたろう)
そうやな。
万一争いになっても判例があるから、弁護士に相談すれば対応できるはずや。
万一争いになっても判例があるから、弁護士に相談すれば対応できるはずや。
登記田探偵
敷地は安心した表情で一礼し、事務所を後にした。
試験のひっかけメモ
ひっかけ① 「時効は期間の経過により当然に効力が生じ、援用は不要である」→ ✗ 時効の効力を受けるには援用が必要(民法145条)。
ひっかけ② 「時効完成前であっても、債務者は時効の利益を放棄できる」→ ✗ 時効完成前の放棄は無効(民法146条)。
ひっかけ③ 「時効完成後に債務を承認した者は、時効完成を知らなかった場合には援用できる」→ ✗ 知らなくても信義則上許されない(最判昭41.4.20)。
ひっかけ④ 「時効の援用の効果は、援用した者だけでなく他の債務者にも及ぶ」→ ✗ 時効の援用は相対効。援用した者のみ。
ひっかけ⑤ 「保証人は主たる債務の消滅時効を援用できない」→ ✗ 保証人は正当な利益を有する者として援用できる。
締め:こむぎちゃんの1行まとめ
さてと、今日の教訓を一言でまとめてみ。
登記田探偵
こむぎちゃん
つまり、一回「払います」って言っちゃったら取り消せないってことは……私が友達に「おごるよ」って言ったのも撤回できない!
じゃあ時効が来るまで逃げ続ければ……!
じゃあ時効が来るまで逃げ続ければ……!
なんでやねーん!!
登記田探偵
カフェのおごりに消滅時効もへったくれもないわ!
時効完成後に承認したら信義則で援用でけへん、完成前の放棄は無効、援用は相対効で本人だけ!
友達への約束はさっさと果たしなさい!
時効完成後に承認したら信義則で援用でけへん、完成前の放棄は無効、援用は相対効で本人だけ!
友達への約束はさっさと果たしなさい!
登記田探偵
ほんまもう、ちゃんとしなさい!
登記田探偵
こむぎちゃん
…てへっ♪
今回のまとめ
- 時効の援用=時効の利益を受ける意思表示。援用なしでは効力が生じない(民法145条)
- 援用権者=債務者本人・保証人・物上保証人・第三取得者など「正当な利益を有する者」
- 援用の効果は相対効=援用した者についてのみ
- 時効の利益の事前放棄は無効(民法146条)
- 時効完成後の承認→援用=知らなくても信義則上許されない(最判昭41.4.20)
時効の援用・放棄 比較表
| 区分 | 内容 | 可否 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 援用 | 時効の利益を受ける意思表示 | 必要 | 民法145条 |
| 援用権者 | 正当な利益を有する者 | 債務者・保証人・物上保証人等 | 判例 |
| 援用の効果 | 相対効 | 援用者のみ | 判例 |
| 事前放棄 | 時効完成前の放棄 | 無効 | 民法146条 |
| 事後放棄 | 時効完成後の放棄 | 有効 | — |
| 完成後の承認→援用 | 承認後に時効を援用 | 信義則上不可 | 最判昭41.4.20 |