プロローグ:こむぎちゃん、だまされて大切なものを手放した件
朝の事務所。こむぎちゃんがスマホを見ながら悔しそうな顔をしていた。
フリマアプリで売ってしまいました…
「このソフト、半年後には絶対プレミア価格になって3倍になりますよ!今売れば損しませんよ!」って言われて、つい信じて売ったんですけど…
「絶対値上がりする」なんて誰にもわからんで
断ろうとしたら「今日だけの話ですよ、逃したら後悔しますよ」って言われて、なんか焦っちゃって
登記田はコーヒーを飲みながら苦笑した。
大切なものを手放すときは、焦ったらあかん
そのとき、事務所のドアが静かに開いた。
入ってきたのは、見覚えのある30代の女性だった。以前、取引中の不動産会社が突然消えるトラブルで飛び込んできた雪宮 陽子さんだ。あのときの慌てた様子とは少し違う、疲れ果てたような表情をしている。
こむぎちゃんが立ち上がった。
お久しぶりです!
また来てしまいました。
今度は…マンションのことで
登記田は椅子を勧けた。
落ち着いて話してください
事件の概要|だまされてマンションを売ってしまった
雪宮さんが話し始めた。
こんなことを言われたんです。
「このマンション、築年数的にもう一般の仲介では売れません」
「管理組合の状況も悪いので、この先もっと価値が下がります」
「今なら800万円で買い取れます」
「今日決めないとこの条件は出せません」って
でも後日、家族が心配して複数の不動産会社に査定を依頼したら…800万円どころか、1,450万〜1,650万円という査定が出て
こむぎちゃんが声を上げた。
全部嘘だったんです。
だまされました
こむぎちゃんが憤慨した。
取り戻せますよね、登記田さん?
登記田は少し考えながら言った。
そこから整理していきます
こむぎちゃんはハッとした。
私が「今日だけですよ」って言われて手放したって話…
雪宮さんも「今日決めないとこの条件は出せません」って言われて焦って契約したのと、同じですね
規模は全然違うけど、「嘘と焦らせる言葉で大切なものを手放させた」という構造は一緒や
推理① 詐欺による意思表示とは?|民法96条1項・だまされた契約は取り消せる
登記田はホワイトボードに「詐欺」と書いた。
そして「今日だけの条件」と焦らせて、相場の半値以下でマンションを売らせた。
これを法律用語で詐欺による意思表示といいます(民法96条1項)
登記田は三つの要件をホワイトボードに書いた。
詐欺の三要件(民法96条1項)
- ① 欺罔行為(ぎもうこうい):故意に嘘をつく・誤解させる行為
- ② 錯誤(さくご):その嘘によって相手が誤った認識に陥ること
- ③ 意思表示:その錯誤に基づいて契約などの意思表示をすること
①仲介さんが「売れない」「管理組合が悪い」という嘘をついた。
②雪宮さんはそれを信じて「早く売らなければ損する」と誤って認識した。
③その認識のもとでマンションを売る意思表示をした。
三つ全部揃っとる
虚偽表示は二人でグルになって最初からウソの契約をしたから、当初から無効。
でも詐欺は、だまされた雪宮さん自身が「売る」という意思表示をした行為がある。
だから無効ではなく「取り消せる」、つまり取り消すかどうかを被害者が選べる仕組みや
雪宮さんが「取り消します!」と言えば、最初からマンションを売っていなかったことになる、ってことですね!
法律用語では「遡及的(そきゅうてき)無効」という。
取消しの効果は契約時点まで遡る
詐欺による意思表示のポイント
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 法的効果 | 取り消すことができる(民法96条1項) |
| 取消し後の効果 | 遡及的に無効(最初から売っていなかった扱い) |
| 虚偽表示との違い | 虚偽表示は「無効」、詐欺は「取り消せる」 |
該当する例:「一般仲介では売れない」「管理組合が悪い」という嘘をついて相場より大幅に安く売らせた → 詐欺による意思表示に該当。取り消せる。
該当しない例:「このエリアは人気があってお得ですよ」という主観的なセールストークで売った → 多少の誇張はすぐに詐欺にはならない。欺罔行為(事実に反する虚偽の告知)の有無が鍵。
推理② 善意かつ無過失の第三者が現れた!|詐欺取消しには壁がある
一つ確認したいことがあります。
仲介さんは今もそのマンションを持っていますか?
雪宮さんの表情が曇った。
仲介さんはもうそのマンションを別の人に売ってしまっていたんです。
買取 誠さんという方に
こむぎちゃんが声を上げた。
じゃあもう取り戻せないんですか!?
ここが今日の最大のポイントや
登記田はホワイトボードに「第三者」と書いた。
民法96条3項には、こう書いてある
詐欺による意思表示の取消しは、善意かつ無過失の第三者に対抗することができない(民法96条3項)
たぶん普通に買っただけで、仲介さんが詐欺をしていたなんて知らなかったと思います
雪宮さんの顔が青ざめた。こむぎちゃんも思わず黙ってしまった。
詐欺だとわかっても、もうマンションは戻ってこない、ってこと…?
仲介さんが勝って、被害者が負けるなんておかしいですよ!
法律って不公平です!
登記田は少し間を置いてから、落ち着いた口調で言った。
でもな、買取さんのことも考えてみてほしいんや
お金もちゃんと払っとる。
そういう人を「実は詐欺やったから返せ」と言われる立場に置いていいんか?
買取さんにはなんの落ち度もないんやで
こむぎちゃんはムッとした顔のまま、少し考えた。
だから民法は「善意かつ無過失の第三者には対抗できない」と定めて、取引の安全を守っとる。
だまされた側にも多少の落ち度はあるという考えが背景にある
詐欺取消しと第三者のポイント
| 場面 | 詐欺の場合 |
|---|---|
| 取消し前に現れた善意かつ無過失の第三者 | 取消しを対抗できない(第三者が保護される) |
| 取消し前に現れた悪意または有過失の第三者 | 取消しを対抗できる(被害者が保護される) |
該当する例:買取さんが詐欺の事実をまったく知らず購入(善意かつ無過失)→ 雪宮さんは買取さんに対抗できない。
該当しない例:買取さんが仲介の詐欺を知った上で購入(悪意)→ 雪宮さんは買取さんに取消しを主張できる。
推理③ 強迫が発覚し逆転!|被強迫者は善意の第三者にも勝てる
しばらく沈黙が続いた。雪宮さんは膝の上で手を握りしめたまま、うつむいていた。
登記田は何も言わず、雪宮さんの話をもう少し待った。
こむぎちゃんも声をかけられずにいた。その静寂の中で、雪宮さんがふと顔を上げた。
一つ、言いそびれていたことがあって
そしたら翌日、仲介さんの知り合いだという抵当 竜也という人が突然来て…
「面倒なことになるよ」「あなたの家族のことも調べてあるから」と言われて、怖くなって…
それで結局、売ることにしてしまいました
こむぎちゃんが椅子から立ち上がった。
登記田はホワイトボードに「強迫」と書いた。
強迫の三要件(民法96条1項)
- ① 害悪の告知:「〇〇するぞ」と不利益を告げる行為
- ② 畏怖(いふ):その告知によって相手が恐怖を感じること
- ③ 意思表示:その恐怖に基づいて意思表示をすること
これが害悪の告知(①)。
雪宮さんが怖くなった。これが畏怖(②)。
そしてその状態でマンションを売ることに応じた。
これが意思表示(③)。
三つ揃っとる
そして強迫には、詐欺にはない大きな強みがある
でも強迫には、その制限がないんです
詐欺では壁にぶつかった場面で、強迫なら突き抜けられるんや
雪宮さんが目を見開いた。
強迫で取り消せば、マンションを取り戻せる可能性があるってこと?
だまされた人には「もっと注意すれば防げたかもしれない」という余地がある。
でも脅された人に「もっと注意しろ」は酷な話やろ。
だから強迫は被害者を最大限に守る仕組みになっとる
詐欺 vs 強迫:第三者保護の決定的な違い
| 詐欺(96条) | 強迫(96条) | |
|---|---|---|
| 意思表示の効力 | 取り消せる | 取り消せる |
| 善意かつ無過失の第三者への対抗 | 対抗できない(第三者が保護される) | 対抗できる(被害者が保護される) |
| 被害者の落ち度 | あり(だまされた側の不注意) | なし(脅された側に責任はない) |
| 保護の強さ | 条件付きの保護 | 被害者を最大保護 |
覚え方:「脅された人に責任を問うのはおかしい → だから強迫は被害者最強。だまされた人には多少の落ち度がある → だから詐欺は第三者にも配慮する」
該当する例(強迫):抵当さんに脅されてマンションを売った → 強迫による取消しは善意の第三者にも対抗できる。
該当しない例(強迫):「もし売らないなら法的手段を検討します」という内容証明を受け取った → 正当な権利行使であり、害悪の告知には当たらない場合がある。
推理④ 第三者が詐欺・強迫をした場合はどうなる?|民法96条2項の整理
登記田がホワイトボードに書いた。
- 詐欺をしたのは:仲介さん(雪宮さんの契約相手=当事者)
- 強迫をしたのは:抵当さん(仲介さんの知人=第三者)
これを「第三者による強迫」という
強迫については、誰が脅したかにかかわらず、取消しが認められる。
仲介さんが抵当さんの強迫を知っていようと知らなかろうと、関係ありません
第三者による詐欺は、民法96条2項に規定があって、契約の相手方(仲介さん)が詐欺の事実を知っていた(悪意)または知ることができた(有過失)場合に限り取り消せます
ただ試験では「第三者が詐欺をした場合」の問題がよく出るから、整理しておこか
第三者行為の比較表
| 第三者による詐欺(民法96条2項) | 第三者による強迫 | |
|---|---|---|
| 取消しの可否 | 相手方が悪意または有過失の場合のみ取り消せる | 常に取り消せる(相手方の善意・悪意を問わない) |
| 根拠 | 民法96条2項 | 規定なし(解釈上、制限なし) |
こむぎちゃんが何かひひらめいた顔をした。
仲介さんが詐欺担当、抵当さんが強迫担当って、完全に役割分担してますよね!
まるでコンビ芸人みたいに!
そんな軽い話やないわ!
仲介さんが抵当さんの強迫行為を知っていた可能性が高い。
その場合、雪宮さんの立場はより強固になります
該当する例(第三者による強迫):抵当さん(第三者)が強迫した場合、仲介さん(相手方)が知っていようと知らなかろうと取り消せる。
該当しない例(第三者による詐欺):もし第三者Xが詐欺をした場合、仲介さん(相手方)がXの詐欺をまったく知らず知ることもできなかった(善意かつ無過失)なら取り消せない。
事件の結論|マンションを取り戻せるか
登記田がホワイトボードを整理した。
ポイント①:詐欺だけでは買取さんに対抗できない
仲介さんの行為は詐欺による意思表示(民法96条1項)に該当し、取り消せる。しかし、買取さんが善意かつ無過失の第三者であれば、詐欺取消しを買取さんに対抗することができない(民法96条3項)。
ポイント②:強迫があれば逆転できる
抵当さんの行為は強迫(民法96条1項)に該当し、こちらでも取り消せる。強迫には善意の第三者保護の規定がないため、善意かつ無過失の買取さんに対しても取消しを主張できる。
ポイント③:第三者による強迫は制限なし
抵当さんは仲介さんの知人(第三者)だが、第三者による強迫は相手方の善意・悪意を問わず取り消せる。
ただし実際の手続きには、弁護士などの専門家に相談することを強くお勧めします
雪宮さんがゆっくりと息を吐いた。
強迫のことが出てきて、少し希望が見えました。
また頑張れそうです
こむぎちゃんが「よかった…!」と声をもらした。
専門家と一緒に進んでいけば道は開けます
こむぎちゃんも
応援してます!
雪宮さんは深く頭を下げて、事務所を後にした。
こむぎちゃんがつぶやいた。
せやから勉強が大事なんやで
試験のひっかけメモ
ひっかけ①「詐欺による意思表示は無効である」 → 誤り。詐欺は「取り消すことができる」(民法96条1項)。無効ではない。虚偽表示の「無効」との混同に注意。
ひっかけ②「詐欺による取消しは、善意の第三者に対しても対抗できる」 → 誤り。詐欺の取消しは、善意かつ無過失の第三者には対抗できない(民法96条3項)。強迫と混同しないこと。
ひっかけ③「強迫による取消しは、善意かつ無過失の第三者には対抗できない」 → 誤り。強迫には第三者保護の規定がない。善意の第三者に対しても取消しを対抗できる。被強迫者は最大保護。
ひっかけ④「第三者による詐欺は、相手方の善意・悪意にかかわらず取り消せる」 → 誤り。第三者による詐欺は、相手方が悪意または有過失の場合に限り取り消せる(民法96条2項)。相手方が善意かつ無過失なら取り消せない。
ひっかけ⑤「第三者による強迫は、相手方が知っていた場合のみ取り消せる」 → 誤り。第三者による強迫は、相手方の善意・悪意にかかわらず常に取り消せる。規定上の制限がない。
締め:こむぎちゃんの1行まとめ
こむぎちゃんが腕を組んで、自信満々に言った。
「絶対値上がりする」と言われたら即座に売るべし!
早い者勝ちです!
いいか、詐欺による意思表示は故意の欺罔行為・錯誤・意思表示の三要件が揃ったら取り消せる!
でも詐欺取消しは善意かつ無過失の第三者には対抗できない!
強迫も取り消せるが、強迫には第三者保護の規定がないから善意の第三者にも対抗できる!
第三者による詐欺は相手方の悪意・有過失が必要、第三者による強迫は制限なし!
「一般仲介では売れない」「今日だけの条件」という嘘と焦らせる言葉を信じて大切なマンションを売ったらあかん!
登記田はコーヒーを飲みながら窓の外を見た。
心の中で思っていたことと、実際にした意思表示がずれていたケースもあるんやで
それってどういうことですか?
今回のまとめ
【詐欺による意思表示(民法96条1項・3項)】
- 詐欺=故意の欺罔行為により相手を錯誤に陥らせ、意思表示をさせること
- 要件:①欺罔行為 ②錯誤 ③意思表示
- 効果:取り消すことができる(無効ではない)
- 取消し前の善意かつ無過失の第三者には対抗できない(民法96条3項)
【強迫による意思表示(民法96条1項)】
- 強迫=害悪の告知によって相手を畏怖させ、意思表示をさせること
- 要件:①害悪の告知 ②畏怖 ③意思表示
- 効果:取り消すことができる
- 取消しは善意の第三者にも対抗できる(制限なし)
【詐欺・強迫の比較表】
| 詐欺(96条1項・3項) | 強迫(96条1項) | |
|---|---|---|
| 意思表示の効力 | 取り消せる | 取り消せる |
| 取消し前の善意かつ無過失の第三者 | 対抗できない(保護される) | 対抗できる(保護なし) |
| 被害者の落ち度 | あり | なし |
| 保護の強さ | 条件付き | 最大保護(最強) |
【第三者による詐欺・強迫】
| 第三者による詐欺(民法96条2項) | 第三者による強迫 | |
|---|---|---|
| 取消しの可否 | 相手方が悪意または有過失の場合のみ | 常に取り消せる |
| 相手方の善意・悪意 | 重要(善意かつ無過失なら取り消せない) | 無関係 |
【虚偽表示・詐欺・強迫の対比】
| 虚偽表示(94条) | 詐欺(96条) | 強迫(96条) | |
|---|---|---|---|
| 当事者間の効果 | 無効 | 取り消せる | 取り消せる |
| 善意の第三者保護 | あり(善意のみで足りる) | あり(善意かつ無過失が必要) | なし(被害者最強) |